以先戒為宝

立身流第21代宗家 加藤高
月刊「武道」2001年12月号 pp.10-11
[平成24年10月30日掲載/平成26年1月30日改訂]

以先戒為宝

「以先戒為宝」(先の戒めを以て宝と為す)という不肖の座右の銘の由来は甚だ古く、嘗て幕末から明治時代における旧佐倉藩出身の立身流の名剣士逸見宗助の創案によるもので、逸見の自書自刻の扁額を立身流18代宗家半沢成恒に贈呈し、半沢より19代宗家加藤久に伝承され、20代加藤貞雄を経て小生に伝来されたものである。

「先」とは勿論「三つの先」、即ち(一)先々の先 (二)先 (三)後の先 を指向しているもので、就中立身流では「先々の先」を最も重要視しており、立身流立合目録之巻にも

  • 先々の先こそあれば後の先も後の先として先々の勝

と明記されている。

なお『三つの先』の定義については、流派により多少難解の箇所もあるやに見受けられ、論議もあったようであるが、立身流では左記の如く定義されており、戦前の陸軍戸山学校でもこれを定説としてそのまま採用されていた。即ち、先の位(気分)とは機先と同意義で常に攻勢の気分にあることを謂い、「先々の先」とは敵が撃突を実行する以前、まだ計画、考慮の状態にあるとき、これを撃突することを謂う。「先」とは敵が撃突してきた場合にこれに関せず、撃突することを謂う。「後の先」とは敵が我に先んじて撃突してきた場合に、撃払または抜いて撃突することを謂う。

但し特例として注意すべきことは、一見して外観上いかにも「後の先」のように見えても、当方が完全に主導権を確保して終始充実した気分と気位により敵を制圧して、引きまわし、敵が苦しまぎれに余儀なく撃突してきたのを外して勝った場合は、外見上の技法にはこだわらずに、内面の心法を重視して、立身流では「先々の先」としている。

逸見宗助の剣風は一世を風靡し、無刀流の山岡鉄舟も「剣客は澤山あるが逸見だけは真の剣を遣う」(堀正平著『大日本剣道史』51頁記載)と賞賛しておられる。

近世あまねく剣道界周知の達人、高野佐三郎先生は青年時代警視庁師範の頃、逸見宗助とは格別昵懇の間柄であり、雄渾無比の高野の上段の神髄は、この逸見より会得するところが多かったと述壊されている。晩年半澤成恒は中風を病み剣を執らず、加藤久の稽古を高野佐三郎に依頼した。

後年高野先生はこの逸見宗助の座右の銘の記載された扁額を見ていたく感嘆してやまず、自作の漢文の賛を加藤久に贈られた。

蓋し高野先生の卓越せる漢学の素養にも感銘せざるを得ないので、ここに原文のまま転載する。

門弟加藤氏下總人也傅
於先師逸見宗助先生所
刻扁額來示余讀之所
言剣之至理而所述達人
味到之眞諦也即應求
賛之賛曰

樂而不忘今思茲
懐而不盡今煥規

昭和甲申季夏
高野佐三郎 

2013年8月23日 | カテゴリー : 宗家論考 | 投稿者 : 立身流総本部