立身流居合に於る 鞘引と鞘(の)戻(し) ~立身流歴代宗家の演武写真を参考にして~

立身流第22代宗家 加藤紘
平成26年度立身流秋合宿資料
平成26年10月18日-19日
[平成26年9月2日掲載/平成26年12月11日改訂(禁転載)]

第一、鞘引と鞘の戻し

1、抜掛と抜放
(1) 抜掛(ぬきがかり)
立身流直之巻第四条には「抜掛」とあり、その第一段は「上」、第二段は「中」、第三段は「下」となっています。
「抜掛」とは、抜刀で刀身が敵を撃突する瞬間とその個所を意味します。
(2) 抜放(ぬきはなし)
立身流直之巻第五条には「抜放」とあり、その第一段は「左」、第二段は「諸」、第三段は「右」となっています。
「抜放」とは、抜刀で刀身と鞘が離れる瞬間(いわゆる鞘離れ)とその方向を意味します。
(3) 立身流では擁刀してから抜放を経て抜掛までを一歩一拍子で行います。向系では左足を進めつつ(間合によっては右足を退きつつ)、圓系では右足を進めつつ(間合によっては左足を退きつつ)です。

2、鞘引

(1) 鞘引(さやびき)は、擁刀のうえ鯉口を切って刀を抜き始めてから抜放までの間に行われます。
立身流の鞘引はいわゆる鞘離れの後にはありません。
立身流では鯉口を切る際、両手を胸腹部にし、刀の反りを返し刃を斜め下方向にして右手で柄を握ります(擁刀)。鯉口を切り、そこから右手は上方または前方へ移動し、左手は鞘を握ったまま下方や後方へ移動し、同時に体を開いて半身になりつつ抜放します。
この左手で鞘を十分に下方や後方へ引くことを「鞘引」といいます。
(2) 鞘引は、鞘を鯉口方向から鐺方向へ押し沈めつつ下方後方へ引く動作です。鯉口を帯と並行方向に後ろへ単に動かす動作ではありません。

3、鞘(の)(し)

鞘の戻しは、立身流では抜放から抜掛までの間に行われます。
(1) 意味
立身流では、刀身が鞘から抜放たれるほぼその瞬間に、後足(右足でも左足でも)を前に進めます(立身流公式ホームページ「立身流の歴史」の次期宗家加藤敦の写真参照。右足が進んだ瞬間です)。同時に、半身の姿勢が正対の姿勢に戻りつつ後方へ引かれた左手が前に出はじめ、表之形では抜掛るまでには左手が柄を握っています。体を一歩前に出しながら敵を真向うにして両手で斬りつけ(陰は片手斬)、あるいは受ける(向の表)わけです。圓は右足を進めつつ向は左足を進めつつ、です。
左手が前に出るとき、引いた鞘の刃の方向を下から上へ角度を直し、また、鞘を帯刀時の位置近くに戻します。
これが「鞘(の)戻し」です。
(2) 直接の目的
鞘を安定させ、鞘での自傷を避け、居合に続く剣術で動きやすく、戦いやすくするためです。
鞘の位置によっては、鯉口で左腕を傷つけたり、鐺が足に絡まったり、万一倒れた場合に自分の鞘の鯉口で自分の体、特に左脇腹を痛めたりしかねません。納刀の準備でもあります。
(3) 態様
どこまでどのように戻すかは上記の趣旨を全うすればよいので、通常の帯刀歩行時の鞘の位置まで正確に戻そうとしてはいけません。立身流公式ホームページ「立身流の歴史」の加藤貞雄第20代宗家の写真を参照してください。
大切なのは鞘の角度や位置をいつ戻すかです。
(4) 鞘戻の要領
鞘を戻すには、左手が前に出はじめようとする瞬間に、左小指をほんの少々締めればいいのです。
問題は、小指を一瞬締めるだけで鞘を戻せるような握り方、手の内ができているかどうかです。

第二、立身流居合表之形(単に表ともいう)での鞘引と鞘の戻し

1、向
立身流公式ホームページ「立身流の歴史」の加藤髙先代宗家の写真を参照してください。
この写真は、居合の表及び剣術の表之形(勿論、提刀を含みます)それぞれの序ないし破における向受の手本です。

(1) 右足を進めつつ擁刀し、鯉口を切って半身となりながら左手で鞘引き、右手で抜放し、半身の姿勢が正対の姿勢に戻りつつ後方へ引かれた左手が前に出て鞘を戻し、同時に左足を進めて体を出しながら両手での向受に至ります。写真はこの瞬間です。

身体の全体及び身体の各部の前進するエネルギーが全て刀に集中し、そのスピードと強さと体勢で敵の刀などに応じます。
(2) 左足を前にしてその爪先を敵に向け、敵に正対して敵の攻撃を真向に鎬ぐ、正に鉄壁の受です。次いで、この姿勢を崩すことなく真正面から斬り下ろします。
(3) 向受には、左手が前に出る鞘の戻しに伴う右回りの円運動の勢いをも利用します。左足を進める勢いにこれが加わります。
それが後述するように陰之形において、「めり込むような」と表現される威力を発揮することになります。

2、圓

立身流公式ホームページ「立身流の歴史」の加藤敦次期宗家の写真を参照してください。
この写真は、居合表之形の立合前後における抜放の手本です。

(1) 前の敵に向かって走っている際、左足を進めつつ擁刀し、鯉口を切り、正対の姿勢から体を開いて半身になりつつ左手で鞘引き、右足を進めつつ右手で抜放します。写真はこの瞬間です。そして半身から正対の姿勢に戻りつつ左手で鞘を戻し、進めた右足を強く蹈んで、体を出しながら、柄に掛けられた敵の右腕(面または左右の袈裟の場合もある)を真上から我両手で切り落とします。写真は鞘引いて鞘の戻しに入る瞬間ともいえます。

(2) 写真で、右足の爪先が前の敵に向かずに左向きになっているのは、左回りに後へ振り向く準備です。前後では二の太刀で後から追ってくる敵を斬ります。
(3) 写真は半身になっていますが、左手が出て両手で斬る瞬間には正対(真向)となります。
(4) 立身流公式ホームページ「立身流の歴史」の加藤久第19代宗家の写真を参照してください。
圓の袈裟斬りですが、前足は正確に敵に向き、体は敵に正対しています。
後足は軽く浮いています。刀術特に居合は、常の歩み、社会生活上の歩みや走りの上に乗っています(拙稿「立身流に学ぶ ~礼法から術技へ~ (国際武道文化セミナー講義録)」第五、足蹈(実演)参照)。そして、居着いたり、体の姿勢を崩したりしてはいけません。

なお、加藤久の両手および両手首に注目してください。これが武道の手です。刀に限らず武器を持つ両手および両手首は、このようでなければいけません。斬った瞬間もこの通りです。拙稿『立身流に於る「・・・圓抜者則自之手本柔二他之打處強之理・・・」(立身流變働之巻)』に掲載した持田盛二先生および加藤髙先代宗家の写真と併せ手本にしてください。
又、加藤久第19代宗家の写真で左手の握りの位置及び柄頭の方向を確認してください。体幹からはずれていません。
(5) 敵の状況によっては小さい動きで敵の小手を斬るときもあります。日本古武道協会ホームページの立身流兵法欄にある加藤髙先代宗家「居合 立合 表 前後」の写真をごらん下さい。その手本です。
大きく斬る稽古を積めば小さく斬ることも容易ですが、小さく斬る稽古ばかりをしていても大きく斬ることはできません。
鞘の戻しについては、小さい斬も大きい斬も同じです。

第三、立身流居合陰之形(単に「陰」ともいう)

1、陰は破
陰には初伝、本伝、別伝があり、又それぞれに立合と居組がありますが、全て表でいう破之形(破)にあたります。ですから納刀は逆手でします。全て実戦の形ということです。本数はそれぞれ表と同じ名称の八本です。

2、
陰の向は、表の向と同じく下から抜放して、柄にかけた敵の右腕(ないし耳)に我が右手で抜掛ります。敵の右下から左上に、いわゆる逆袈裟に斬上げることになります。

陰の圓は、表の圓が真上から抜放つのに対し、ほぼ真横に抜放し、基本としては敵右手の肩下臂上(こめかみから足までよい)に我が右手で抜掛ります。ほぼ横に薙ぐことになります。

3、
したがって陰之形の抜掛は、両手でなく右手だけで斬りつけることになります。


4、
初伝では、前後と四方のほかは、抜掛の後、一旦、中段にとってから二之太刀に入ります。二之太刀は表と同じです。

前後および四方では、抜掛のあと後や左の敵の左袈裟を斬り、あとは表と同じです。

5、
本伝では、中段にとることなく、前後と四方のほかは、抜掛った刀がそのまま左旋回して正面斬にはいります。

前後および四方では、後や左の敵への二之太刀が右旋回となります。

6、
別伝では、前後と四方のほかは、抜掛った刀は旋回することなく直ちに上段となり、あとは同じです。

前後および四方でも、後や左の敵の左袈裟を斬りますが、同じ敵に対する二之太刀は旋回することなく直ちに上段となり、あとは同じです。

第四、陰之形(陰)での鞘引と鞘の戻し

1、圓
まず圓をみてみます。
立身流公式ホームページ「立身流の歴史」の私の写真を参照してください。
この写真は合車の表の前後の一太刀目ですが、居合陰之形の前後の一太刀目と同じですから、圓の陰の手本としてください。

(1) 前の敵に向かって走っている際、左足を進めつつ擁刀し、鯉口を切り、正対の姿勢から体を開いて半身になりつつ左手で鞘引き、右足を進めつつ右手で横に抜放します。そして正対の姿勢に戻りつつ左手で鞘を戻し、進めた右足を強く蹈んで、体を出しながら、敵の上腕部に横から右手で抜掛ります。写真はこの寸前の瞬間です。左手は鯉口にあります。

(2) 表と異なり、左手を鯉口に置いたまま鞘を戻します。
写真では既に、鞘の角度(刃の方向)が下から上へ帯刀時のそれに戻っています。また、鞘の位置が帯刀時近くまで戻っています。
(3) そして写真は、鞘の戻しに伴う体の右回りの円運動の最中です。右足を蹈込む勢いに加え、この円運動が「刀が敵の身体にめり込むのが見えるような」と表現される(剣道日本2013年4月号 鈴木智也氏)威力を発揮しているのです。
(4) 写真で、右足の爪先が前の敵に向かずに左向きになっているのは、左回りに後へ振り向く準備です。前述のとおり前後では二の太刀で後から追ってくる敵を斬ります。
(5) 写真ではまだ軽い半身になっていますが、斬る瞬間には正対(真向)となっています。

2、向
陰の向は既に説明したとおりの動きです。
鞘引、鞘の戻しについては陰の圓に準じます。違いは、下から小手を斬り上げること、及び、右足を進めつつ擁刀、鯉口を切り、左足を進めつつ抜掛ることです(表の向を参照)。

第五、立身流に於る鞘引と鞘(の)(し)の意義

1、鞘引は刀の円運動の基で、抜放の内容を決めるものです。
(1)一拍子の斬(両手斬を例にして)
圓の表をみてみます。
圓の表には
 ①右手で刀を抜く
 ②左手を柄にかけて振りかぶる
 ③正面から真直ぐに斬りおろす
の三つの要素があります。

抜刀で正面を両手で切る場合普通考えられるのは

 ①右足を出しつつ刀を抜き(鞘引)
 ②左足を出しつつ鞘を戻し左手を柄にかけて振りかぶり
 ③右足を出しつつ正面から真直ぐに斬りおろす
という三段階三歩の動作でしょう。
或いは、これを一歩で行うとしても
 ①右足を出しつつ刀を抜き(鞘引)
 ②右足を出したまま鞘を戻し左手を柄にかけて振りかぶり
 ③さらに右足を出したまま正面から真直ぐに斬りおろす
という三段階一歩でしょう。

しかし、立身流ではその全てを、右足を進める一歩で、段階なしに行います。

立身流の動作には区切りがありません。一歩一拍子で全てがなされます。
仮に一歩でなされていても動作が三つに区分されているのは立身流ではありません。

(2)一歩一拍子で全てをなし、区切りなしに抜払い抜掛るには、刀の動きを円運動とする必要があります。そのためには、真上から斬り下ろす圓の表の抜放はほぼ真上方向にしなければなりません。鞘引は逆に下方にすることになります(敦の写真参照)。鞘引は刀の反りに合わせて抜放し刀を円運動に乗せる基となる動きです。

2、鞘の戻しは刀の円運動を強化し、抜掛の威力を増します。抜放で予定された刀の円運動を抜掛にむけて完結します。
(1)圓の表で左手が柄に行くこと自体刀の威力を増すためです。柄を両手でとった時点で剣術に移行した、ともいえます。剣居はまさに一体です。両手で柄をとってから以降の動きは剣術そのものでして、上段からの斬や中段から振りかぶっての斬と区別がつきません。

(2)圓の陰をみますと、右足を進める勢いに加え、半身から正対姿勢への体幹の円運動が片手斬の威力を増すことになります。向の陰は左足を進めますが、半身から正対姿勢への体幹の円運動が片手斬の威力を更に増すことになる点は同じです。

第六、「為使打處強之義」

立身流変働之巻には次のようにあります。

「刀抜時有両个之秘事一圓抜二躰用也圓抜若則自之手本柔他之打處強之理躰用者則刀抜出躰抜後鞘柄共有心用是又為使打處強之義也・・・」

「かたなぬくときに、りょうかのひじあり。いつにまるいぬき、ふたつにたいようなり。まるいぬきはすなわち、みずからのてのもとしなやかに、たのうつところつよきのことわりなり。たいようはすなわち、かたなぬくときは、たいをいだしてぬくなり。あと、さやつかともにしんようあり。これまた、うつところ、これをつよからしむるためのぎなり」

本論考に述べたところはその一部、特に「鞘柄共有心用」に関係してです。
「手本柔」については、『立身流に於る「・・・圓抜者則自之手本柔二他之打處強之理・・・」(立身流變働之巻)』に述べました。
「刀抜出躰抜」については、いずれ別の論考にまとめる予定です。

第七、稽古上の注意

立身流居合では、鞘の戻しの際に左手を切ることのないよう気をつけねばなりません。特に刀身を追いかけるように左手が前方へ出る表では十全の注意が必要です(日本古武道協会ホームページの立身流兵法欄にある加藤髙先代宗家「居合 立合 表 前後」の写真参照)。

第八、納刀の鞘引と鞘(の)(し)

納刀では、鞘引いて剣先を鞘に入れ、鞘を戻しつつ納刀するわけですが、進行としては抜刀の時のほぼ逆の動きです。
重要なのは、刀は刀自身の意思で自然に鞘に納まってもらわなければいけないことです。人が無理に押し込んではいけません。
これは抜刀の際も全く同じです。
本論考はそのための条件整備の仕方を述べたものであるといっても過言ではありません。

第九、他の宗家写真について

1、日本古武道協会ホームページの立身流兵法欄にある父加藤髙と私の五合之形詰合三之太刀の写真をご覧ください。
我(父。仕方)が敵(私。受方)の攻撃の匂いを感じ、「匂いの先」(先先の先)をとって振りかぶり一歩蹈込み小手を斬った後、即、裏突きした瞬間です。
父の体の姿勢、重心、腰、足の蹈様、手の伸び、手の内など、全てが突の手本です。
受方は、仕方のこのような突を導き出すように動かなければなりません。

2、同じ欄にある父と私の一心圓光剣の写真をご覧ください。
一心圓光剣の最後の場面です。
我(父。仕方)は敵(私。受方)の右手を極めて、敵を固め又は地に落すことになります。これは俰の姿勢ですので、我は腰を落とし、足は鼎(かなえ)の如くなります。

(参考)「立身流秘傳之書」中、「心持修業之傳」より
「・・・手足如舟・・・眼手足如鼎・・・」

第十、竪Ⅰ横一 (拙稿「立身流に学ぶ ~礼法から術技へ~ (国際武道文化セミナー講義録)」参照)

以上に挙げた歴代宗家写真の全てに共通しているのは、姿勢が崩れていないことです。
斬る前も、斬っている最中も、斬った後も、竪Ⅰ横一の姿勢を維持します。
これは残心の前提でもあります。

崩れた姿勢で構えてはいけません。
そうせざるを得ない場合を除き、斬っている最中も竪Ⅰ横一を崩してはいけません。
斬った後も意図的に崩れた格好をしたりしてはいけません。

武道は物が切れればいいのではありません。武道は対人関係から始まります。
また、武道は結果的に美しさが表現され、人に感動を与える芸ですが、表現の為の芸ではありません。
武道は人に感動を与えるための表現の芸術ではありません。

以上

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