「気攻め、術攻めで敵を守勢に立たしめる」

立身流第21代宗家 加藤 高
  初出 月刊剣道日本 1983年11月号
(昭和58年11月1日 発行)
[平成28年11月19日掲載(禁転載)]

立身流は居合、剣術を表芸とし、それに甲冑組討の際の俰(やわら)、あるいは槍術、棒術、捕縄など各種武術を併せたもので、戦場において、いかなる場面に遭遇しても決して不覚をとらぬように、きわめて実践的な総合武術に仕上げられている。

その形は他流に比較して虚飾なく、地味ではあるが、剛直壮烈な剣さばき、体さばきはきわめて実理的であり、江戸時代以前の戦国武道の古格をしのばせるものである。

流祖立身三京は幼少より武術に傾倒し、いくさや真剣での試合は数知れず、一度も不覚をとらなかったが、未だ安心の境に達するを得ず、妻山大明神に祈願してついに無我の心境に到達するを得、勝機を未撃に知る必勝の原理を会得したと伝えられている。

すなわち、気攻め、術攻めによって敵を守勢に立たしめ、敵が苦痛にたえかねて無理に撃突しようとするその箇所が、おのずから自分の胸に匂ってくる。そして敵がその業をおこそうとする瞬間、無意識のうちに機先を制してこちらから撃突を加えて勝つ方法で、先(“匂の先”ともいう)による勝ちである。

立身流伝書の道歌に、つぎのように記されている。

先を取れ先を取らるな先を取れ 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

先先の先こそあれば後の先も 後の先として先先の勝ち

『史記』に「先んずれば人を制し、後るれば則ち人に制せらる」とあるが、同じ趣向であろう。

さらに立身流伝書口伝によれば、事前に敵を制圧せずに無闇に最初から一撃を加えるのは危険な行為であり、これこそ主義と手段を混同したものとして厳しく戒めている。

要するに伝書に説かれている”匂の先”というのは、外界からの刺戟に対し、なんらの意志の作用もなくしてする一種の反射運動といってよいと思われる。

反射運動はもちろん、敵の刃先を避ける退避の時にもおこるが、その時のみならず敵を撃突する時に用いているところが大変重要な点である。『孫子』の兵法に「勝兵は勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む」とあり、その解釈もさまざまに分かれているようだが、私は個人武と集団武との差こそあれ、当流でいう”先(匂いの先)”と共通の発想だと考えたい。

なお、現今の各流居合は、おおむね坐って抜く業を主とし、立って抜く業を従とするものが多いが、当流はこれと反対に立って抜く業をきわめて重視し、坐って抜く業(当流では”居組”という)を従としている。

また、抜刀時の最初の一太刀も他流では片手切りの場合が多いが、当流では両手切りが主である。帯刀時も他流では大体、左手拇指を鍔にかけるが、当流では左手人差指をかけている。抜刀法は立身流独特の発達をとげ、さまざまな抜き方がとられている。

斬撃時の刀の振り下ろし方についていえば、当流では自分の頭上で半円を描くように、遠心力を利用する場合が大変多い。この振り方を”豪撃(こわうち)”という。この振り方をもってすれば、南北朝時代の長大な太刀もたやすく扱えるし、斬撃力もきわめて強力である。

序、破、急という言葉は各種芸道でよく使われるが、当流では居合、剣術、槍術ともに一本の形を同様に三段階に分けて修練を重ねている。これを書道にたとえていうと、序は楷書、破は行書、急は草書に該当する。通常の演武は「破」であるが、「序」は基本的な動作で、初心者はこれが仕上がってから「破」に進む。「急」は応用動作で、実践即応の変化技ということになる。

ちなみに当流の数ある伝書中の一巻は、野戦攻域、陣地構築、築城の場合を想定して、距離測定法、測量法が記されている。すなわち、集団戦法を加味して研修したのである。

 

2016年11月19日 | カテゴリー : 宗家論考 | 投稿者 : 立身流総本部