立身流傳書・古文書等での東北弁表記 ~「手舞足蹈處皆一物」等に関連して

立身流第22代宗家 加藤 紘
令和3年(2021年)1月16日 掲載(禁転載)

第一、はじめに

拙稿「千葉の立身流」「立身流古文書に於る不合理的表現の合理性」でふれたとおり、立身流は、第九代宗家竹河九兵衛から第十八代宗家半澤成恒までの12代にわたり、1680年代から明治初頭のほぼ200年の間、東北地方とくに山形との深い縁がありました。
このため現代まで伝わる立身流の伝書や古文書には東北弁の影響による表記が散見されます。具体的には「い」と「え」の混同表記です。
立身流の史料解読の際に留意すべき一点です。

第二、立身流俰極意之巻および立身流(三四五)曲尺(合)之巻(さんしごかねあいのまき)の文中に「手舞足蹈處皆一物」(てのまい あしのふむところ みないちぶつ)の語句(以下、本句という)があります。

一、本句は、中国古典の「礼記」(らいき)の「故不知手之舞之足之蹈之也」(ゆえに てのこれをまい あしのこれをふむを しらざるなり)との表現に拠っているとも思われます。
本句に関し、今ここでとりあげるのは「舞」「蹈」の二字についてです。
「蹈」については、拙稿「立身流に於る足蹈と刀の指様」及び「五輪書「足づかいの事」記載の解釈~立身流と照し合わせて」に記しました。
以下では主に「舞」についてふれます。

二、立身流俰極意之巻での記載は次のとおりです。

「…習此要術手舞足蹈處皆一物乎規矩無不曲尺」(…このようじゅつをならうに てのまい あしの ふむところ みないちぶつなるか。きくとして かねならざることなし。)

続いた文章は次のように記されます。

「故無浮沈方寸迷心目體用一致則自然徳乎」(ゆえに ふちんほうすんのまよいなく しんもくたいよういっちすれば すなわち しぜんのとくならんか)
「心目體用一致」については拙稿「立身流に於る「…圓抜者則自之手本柔二他之打處強之理…」(立身流變働之巻)」(「立身流之形第二巻」95頁)等を参照して下さい。

そして、立身流立合目録之巻の全25首の道歌中7首目の歌は次のとおりです。

「身の曲尺と心の曲尺と太刀の曲尺 多々直にせよミ川の曲尺合」(みのかねとこころのかねと たちのかね ただちょくにせよ みつのかねあい)

本句はこの道歌の「身の曲尺」の内容を解き明かすものです。「心の曲尺」については拙稿「立身流について」(「立身流之形第二巻」87頁)等を、「太刀の曲尺」については拙稿「立身流剣術表之形破と「手本柔」(立身流變働之巻)」(「立身流之形第二巻」119頁以下)等をそれぞれ参照してください。
なお、歴代の書いた歌の読み方はみな同じですが、漢字を含む歌の表記表現方法については、歴代の宗家が、それぞれの解釈と思いを込めて各自異なる表記方法をとることがあります。
また、立身流には、立身流俰極意之巻、立身流極意之巻の二巻は、第七代宗家大石千助によって付け加えられたものである、との伝承があります。

三、立身流曲尺之巻の、前文での該当記載は次のとおりです。

「…手舞足蹈處皆是一物乎規矩無不曲尺故認拙語時陳梗概顕…」(…てのまいあしの ふむところ みな これ いちぶつなるか。きくとして かねならざることなし。ゆえに せつごをしたため この こうがいをのべ あらわす。…)

立身流曲尺之巻が、立身流第十一代宗家逸見柳芳が加えた巻であると伝えられていることは、拙稿「立身流傳書と允許」に述べた通りです。
柳芳は「出羽の人」と明記されています(「拳法圖解」久富鐡太郎(明治21年)119頁参照)。
立身流曲尺之巻の冒頭は次の文から始まります。

「立身流利談有三四五曲尺命師雖口授之年久替(「賛(とく)」と記す傳書もある)而師又其数益不能委知…」(たつみりゅうりだんに さんしごのかねとなずくるものあり。し これをくじゅすといえども としひさしく すたれて しもまた その すうえきを くわしくしることあたわず。…)

柳芳は、このようにして立身流俰極意之巻の上記部分をも併せ含めて考究しました。

四、ところが、立身流俰極意之巻においても、立身流曲尺之巻においても、「手舞」を「手前」と表記する伝書巻が複数あります。
「手前(まえ)」でもこれを「所作(しょさ)・腕前・技量」と解すれば文章の意味を理解できないわけではないのですが、やはり「手舞(まい)」の方が自然でしょう。
「手前」は、東北弁の影響による「手舞」の変記であると私は理解しています。

五、本句の「蹈」を「踏」と表記する伝書巻も複数あります。私はこれも変記と理解しています。

第三、他の立身流古文書での東北弁の影響をみてみます。

一、「立身流秘傳之書」より
拙稿「立身流に於る「…圓抜者則自之手本柔二他之打處強之理…」(立身流變働之巻)」中の「第十」(拙著「立身流之形第二巻」96頁)で、私は「立身流秘傳之書」から「弓ガエリ」の語を含む文を引用しました。
実はその際、原文では「弓ガイリ」とある記載を「弓ガエり」と直して引用しています。
東北弁表記と判断したためです。

二、「立身流刀術極意集 完」より
「立身流立合目録之分」中の「外」(とのもの)より

「抜所被留勝様之事(ぬくところ とどめられ かちようのこと)
是ハ抜ントシタル時敵方ニテ棒カ又ハ杖ニテモ以(もっ)テ我太刀ノ柄ヲ手ヲヲサイル時柄ヲハナシテ又柄ヲトルト電(いな)ヤ抜打二ウツ也」

ここでの「ヲサイル」の「イ」は東北弁表記ですから、「エ」として解釈すべきことになります。

三、「立身流之秘」より
1、「居合目録陰五个(か)口傳之分」より

「戦場平日共人中(ひとなか)イ出時(いずるとき)異形(いぎょう)ノ大小(大刀小刀)不用事(もちいざること)

ここでの「イ」も同じく「エ」として解釈します。

四、立目流(たつめりゅう)
身(み)と目(め)の混同の例です。
拙稿「日本伝統武道の流名・呼称・用字~立身流を例として」中の「第三、立身流名の変化した俗称など」の②として記しました。参照してください。

以上

2021年1月16日 | カテゴリー : 宗家論考 | 投稿者 : 立身流総本部