立身流の概要

立身流の概要

名称
立身流 (たつみりゅう)
成立
永正年間 (室町時代 1504年-1520年)
流祖 / 流祖神
立身三京 / 妻山大明神
現宗家 第22代
加藤 紘
立身流系譜
立身三京-立身石見守-立身数馬佐-三上半之丞-松井琴古-桑島太左衛門-大石千助-山口七郎左衛門-竹河九兵衛-糟谷団九郎-逸見柳芳-逸見宗八-半澤喜兵衛-逸見新九郎-半澤権右衛門-逸見宗八-逸見忠蔵-半澤成恒-加藤久-加藤貞雄-加藤高-加藤紘
文化財指定(令和4年4月現在)
■千葉県無形文化財指定 登録名 「武術 立身流」
 現保持者 加藤紘(連絡先:加藤法律事務所内)

【その他】
・平成20年(2008年)11月3日
 千葉県より
「ちば遺産百選として武術立身流が選ばれる
・平成30年(2018年)5月24日
 日本遺産「北総四都市江戸紀行・江戸を感じる北総の町並み」
 (平成28(2016)年4月25日文化庁指定)の構成文化財として
 文化庁より立身流が追加認定される
・平成30年(2018年)8月3日
 「次世代に残したいと思う『ちば文化資産』」に選ばれる
  ニュース動画 次世代に残そう!ちば文化資産 (H30.9.8放送)

加盟組織(令和4年4月現在)
■日本古武道協会 登録名「立身流兵法」
 
■日本古武道振興会 登録名「立身流」
 
 ※旧登録名「立身流兵法」(平成29年10月迄)
特徴-総合武術としての立身流
立身流は戦国時代に興った流派で、立身三京が必勝の原理を会得して創始した。その必勝とは、いかなる武器を持っても、又は持たなくとも必勝と言うことで、刀の他に俰(やわら・柔術)、鑓(やり)、長刀(なぎなた)、棒、半棒、四寸鉄刀(手裏剣)、鉄扇等を使いこなせなければならず、又心法が重要視される。当時は、決まりや規則は一切無く、武器を選択する余裕はなかったため、立身流が総合武術として成立したことも必然であった。

しかし、立身流の表芸は、刀術(居合、剣術)である。立身流正伝書全15巻の内には、俰(やわら)目録之巻、俰(やわら)極意之巻もあるが、ほとんどは主に刀術を中心とした、武術全般と心法について書かれ、正伝書の他にも古文書(研究書)が数多く残されている。又佐倉藩に於いては、立身流教場が刀術所内に置かれていたし、鑓、棒等の形のおいては、最終的には太刀が勝つ形になっている。
俰(やわら)は刀術とも密接な関係があり、特に重要な意味をもっている。その他、捕縄(21通り、抵抗する相手を素早く一時的に縛る早縄と、しっかり縛る本縄がある)等、武技一般のほか、弓、馬、集団戦術の心得、物見、測量法、兵術、甲冑着具次第にまで及んでいる。

立身流の各種の形は戦国の古式そのままに伝承されたため、外観は虚飾なく、一見して地味ではあるが、実は頗る高度な技術内容の集約であって、これが巧妙に構成されており、動く禅とも称されている。極めて実際的であると同時に、その洗練された動きは、見る者をして立体芸術的な動作美を感じさせる。
諸武技の心技の奥義は共通であるとされ、その基本は刀術(剣術と居合)に求められ、更に、その極意は、向、円の二本にあるとされている。そして、刀の振り方、抜き方、帯刀時の指の掛け方など、立身流独自の研究によるものが多く見られる。
伝技と各種武器
現代に伝わる古武道は、戦国時代の戦闘の体系化から始まるものが多い。戦闘は準備段階での物見(測量、和算)、作戦(兵学)から始まり、馬に乗り、弓、鎗、長刀[→現代なぎなたへ]、刀術(居合[→現代居合へ]と剣術[→現代剣道へ])、短刀、四寸鉄刀等、すべての得物を使いこなせなければならない。
得物を失えば、落ちている棒(約6尺)、半棒(約4尺[→現代杖道へ])を拾って戦い、それも失えば素手の俰(やわら)[→現代柔道へ]で闘う。立身流にはそのすべてが包含されている。
また、現代合気道に似た形試合(かたじあい)、現代剣道の稽古や試合に似た乱打(みだれうち)、現代柔道の乱取に似た乱合(みだれあい)等がある。
居合
 -立合 表 序・破・急の3段階(各8本)、
     陰 初伝・本伝・別伝の3種類(各8本)

 -居組 表 序・破・急の3段階(各8本)、
     陰 初伝・本伝・別伝の3種類(各8本)
 -その他
・剣術
 -表之形(序・破・急)各8本
 -陰之形(小太刀)3本、
 -五合之形・五合之形詰合
 -二刀之形
 -その他

・俰(やわら(含、短刀)) 45ヶ条
・鎗(やり 約9尺)
 -鎗合せ 表6本、陰

 -太刀合せ 鎗勝身(表4本、陰)、太刀勝身(表4本、陰)
 -小太刀合せ 小太刀勝身(表4本、陰)
・長刀(なぎなた 約6尺) 表3本、陰
(約6尺) 表5本、陰
半棒(約4尺) 表3本、陰
提刀(ていとう)
四寸鉄刀(しゅりけん)
伝技 弓、馬など
その他