立身流に於る 形・向・圓・傳技・一心圓光剣・目録「外」(いわゆる「とのもの」)の意味

立身流第22代宗家 加藤紘
平成26年8月3日
立身流第81回特別講習会資料
[平成26年6月19日掲載/平成27年8月31日改訂(禁転載)]

1、形

「闘いでは、あらゆる事態に対応し、敵のどのような動きも制しなければならない。その種々雑多な動きから、すべての動きの素となる基本の動きが抽出され、純化される。これが形である。」 (拙稿「立身流について」)
そして「形は、動作の決め事で、闘いの経過を技毎に類型化したものである。」 (同) のですが、その内には基本の動きと理合が凝縮しています。
闘いの経過の類型化自体が、個々の技の動きをより基本的により高次に凝縮し、原理化することにほかなりません。同時に動きの手順と理合も高次化されています。

2、向と圓

(1) 向と圓の意味
立身流でいうと、心法(無念無想)を含め最高次元まで行きつき、公理化した形が向と圓です。
逆にいうと、向、圓から全てが導きだされます。向、圓が基本であり、かつ秘剣であるゆえんです。そして、向と圓という対極にある二つの形があってこそ「形の上では、向、圓がそれぞれ独自に変化するばかりでなく、向と圓あるいは向の変化と圓の変化が無限に組み合わされていきます。」 (拙稿『立身流に於る「・・・圓抜者則自之手本柔二他之打處強之理・・・」(立身流變働之巻)』)

(2) 向と圓を対比すると大要次のようになります。
①向は後の先(又は先先の先)の技であり、圓は先(又は先先の先)の技である。

②向は抜放し敵刀を請流してから斬り(表)、圓は抜付けて斬り二の太刀で更に斬る。
③向受は右鎬で剣先側より鍔元方向へ敵刀をすべらし、圓受(剣術)は左鎬で鍔元側より剣先方向へ敵刀をすべらす。
④向は左足を出しつつ(間合によっては右足を退きつつ)抜き、圓は右足を出しつつ(間合によっては左足を退きつつ)抜く。
⑤向では終結が予想されていますが、圓では継続が予想されています。

(3) 向と圓という対極に位置する二つの原理があるからこそ、そこから全てが導きだされます。
向と圓は一対一組です。ですから稽古の場では、向があるときは必ず圓もあり、圓があるときは必ず向もあります。
居合でも剣術表之形でも鎗合(やりあわせ)でも一本目二本目は向圓です。剣術表之形の破と急の七本目と八本目には提刀(居合)の向圓として再現します。数抜は、向、圓、向、圓、・・・と抜き続けます。

  • 日々夜々に向圓を抜くならば 心のままに太刀や振られん [立身流理談之巻]

 3、形の本数と各種形の関係

(1) 形の本数
一般的に、それぞれの流儀が創流された当初の形の本数は少なかったといわれています。特に神伝の古い流儀に顕著です。それぞれの流祖は、それだけ厳しく突き詰めて考究していたのです。
形の数が増えたのには様々な原因が考えられます。形に教育体系としての意味が加わったり、町道場など門弟の数が増えて免許の段階を増やしその段階毎に異種の形を配置したり、中間手代養成の速成予備校化しカリキュラムが細分化して対応する形が増えたり、教授料を教授する形と対応させたり、等です。応用形や、本来は形として扱われるべきでないもの(後記6、参照)が形としての地位を獲得していったわけです。

(2) 立身流刀術に於る各種形の関係
①修行課程(カリキュラム)
<1>表之形(剣術、居合)の、序から破へ、破から急へ。

<2>剣術の表之形及び陰之形から五合之形(及び詰合)へ。

②応用の原理の表現
<1>破から急へ。
<2>居合陰の、初伝から本伝へ、本伝から別伝へ。
  居合の陰は全て、表の破に対応します。ですから、例えば納刀は破の納刀です。
  初伝の前後と本伝の前後の相違は、初伝は左旋回、本伝は右旋回であることです。
<3>二刀之形の右上段から左上段へ。

③立身流居合の体系
立身流居合目録之巻には
    向
    前 
    後 
    左
    右
    圓
とあります。
これは、向と圓を前後左右に抜く、という意味です。向と圓の技を前後左右に体をさばき、前後左右の敵に対処するわけです。形の変化、特に居合の変化の基本をなすもので、①②に前述した形の数が増える場合の前の段階にある要素です。
居合において立合だけでなく居組の形が組まれているのも同様に考えられます。
古流の居合には、一つの技を前後左右に抜くという形の体系をもつ流派が多くみられます。これに敵の数が増えていった場合の対処が加って形の数が増えていくことになります。

④警視(庁)流居合の体系
ちなみに、立身流第19代宗家加藤久の自筆ノートに「警視流居合」の項があります。
そこに記載された警視流居合の形によれば、警視(庁)流居合の形全5本の体系はこのような古流の形式を忠実に踏襲しており、体系の基本としては立身流と同じです。
まず4流儀から、ほぼ同一内容で抜く方向の異なる4本の形を採用します。この4本を一本目から前後左右に抜くように順序立てます。最後に前後左右を囲む敵への対処として立身流の四方で締めくくります。
立身流の見地からすれば、一本目から四本目は立身流居合の立合陰之形(本伝)を応用して簡略化したものであり、五本目は立身流居合の立合表之形(破)八本目四方を応用して簡略化したものです。

⑤立身流剣術の体系と警視(庁)流木太刀之形の体系については後日別に記します。

(3) 形の応用原理の延長
①形試合
袋撓で行う刀術の約束稽古。現代合気道に似た稽古方法である。
<1>立身流立合目録之巻の分 15本

<2>立身流居合目録之巻の分 15本

②乱(みだれ)
自由に技を掛けあう。名称のない変化技は全てここに含まれる。

<1>乱合(みだれあい・みだれあわせ)
・立身流俰(やわら)目録之巻第41条乱合之事

・俰(やわら)での地稽古(じげいこ)
・短刀を腰にする
<2>乱打(みだれうち)
・刀術、特に剣術での地稽古
・袋撓を使用する
・頭には笊(ざる)のような防具を被(かむ)っていた、との伝承がある

③私が柳生延春先生にお尋ねしたところ、「柳生新陰流にも袋撓で自由に打合う地稽古が昔からあるのだけれど、それは最終段階での稽古方法だから、中々そこまで行きつかず、結局あまり行われなくなってしまった。」とのことでした。
先日、柳生耕一先生も同じことを述べられており、柳生新陰流におかれては未だその辺の改善まで行き着いてない、「形が身についていないのに地稽古をしては、ただのチャンバラになってしまう。」とのことでした。
立身流も同様です。
いずれにしても、袋撓(ふくろじない)は、旧くからあったものです。

4、傳技(でんぎ)

傳書の技、すなわち各傳書などに単独に示される技、形です。その傳書毎の理念を表現します。
その内のいくつかをあげてみます。

「立身流變働之巻」
・鎧抜
・勢眼詰
・二刀詰 など

「立身流別傳之巻」
・長短口
・妙剣
・一圓相
・鎗脇
・鎗下
・鎗脇詰 など

「立身流眼光利之巻」
・斬切
・合車
・水月 など

「立身流極意之巻」
・半月
・満月
・三光之勝 (月之太刀、日之太刀、星之太刀) など

5、一心圓光剣

「向と圓が統合され、昇華したのが「一心圓光剣」(立身流免之巻。立身新流免之巻には「一心圓明剣」と表記される)です。」(拙稿、同)
一心圓光剣は象徴的に最高極意を表した形といえます。立身流免之巻の傳技です。立身流極意之巻と立身流俰(やわら)極意之巻の二巻は立身流の奥秘伝免許で免之巻の補巻に位置し、これらが授けられて皆済となります。

6、立身流に於る「外」(そと) (所謂「外のもの」・「とのもの」)

特殊状況を設定し、その特殊状況下でなされるべき動きをまとめたものは形ではありません。そのような事態に遭遇しても慌てないための、単なる心得にすぎません。いわゆる「外のもの」(とのもの)です。
立身流でいうと、立身流立合目録之巻の「外」(そと)二十五ヶ条(他に四ヶ条)、立身流居合目録之巻の「外」(そと)十三ヶ条などがそれです。いうならば、普通の動きの外側にある稀な動きで、形のように基本として集約されたものとは異なるものです。
特殊状況の設定とその場合の特殊な動きを研究することは、普遍的な基本原理を探る方向とは反対の逆方向です。ですから、特殊状況下での動きの稽古を重視してはいけません。却って乱れた稽古になり、悪癖が身につきます。
これを避けるためには、常に形との関連性を意識した稽古をすることです。闘いではあらゆることが起こりうるのでして、そのすべての状況設定をしようとしても際限ありません。

7、上記のすべてをふまえ、最終的には、立身流そのものにとらわれない動きができるように努力しなければいけません。それが立身流です。

  • 戦は 物になす(ず)ます(ず)(泥む=拘泥)師の伝ふ 術(すべ)をわすれて用(つかい)こそすれ [立身流歌]
  • 世盤(は)廣し 折によりても替(る)べし ワ連(れ)しる斗(ばかり)よしとおもふな [立身流理談之巻]

以上