立身流と剣道・居合道・杖道

立身流第22代宗家 加藤 紘
初出「東京剣連だより 道」第81号
「古武道に学ぶ」第1回

発行者 一般財団法人 東京都剣道連盟
発行日 平成28年7月1日
[平成29年2月4日掲載/平成29年2月19日改訂(禁転載)]

一 立身流略史

立身流は戦国時代真只中の永正年間(1504-1521)に、妻山大明神の啓示を受けた立身三京により創流された総合武術である。三京は塚原卜傳とほぼ同時代の出生で、林崎甚助重信や夢想権之助より昔の人である。
第6代桑島太左衛門(将監)の弟子木村権右衛門が1590年代に分流して立身新流を名乗り奥平家に仕えたことが中津藩関係資料からわかる。幕末明治に福澤諭吉が修業した立身新流である。
立身本流は1714年に第10代糟谷団九郎が山形藩主堀田正虎に召抱えられ、堀田家と共に下総佐倉藩の流儀として明治に至る。佐倉藩の記録等には「捕手指南(ほしゅしなん)」「居合柔術縄甲冑勝之業(いあいじゅうじゅつじょうかっちゅうかちのわざ)」「芸術」「刀術」「兵法」等の語で示されている。立身流俰目録之巻等は柔術に関しての傳書である。
明治に入り逸見宗助等により立身流から警視流に剣術、居合、柔術、捕縄それぞれに各一本ずつが採用された。
佐倉に残った第18代半澤成恒から宗家を継いだ第19代加藤久は、大日本武徳会剣道教士・居合術教士であった。
第20代加藤貞雄を経て加藤高が第21代を継いだ。
第21代加藤高は昭和12年3月に国士舘専門学校剣道科を卒業し、同年5月に大日本武徳会剣道錬士(同年までは剣道の最高段位は5段で、その上に錬士・教士・範士が置かれていた)・居合術錬士(当時は居合道の名称でなく、又、居合術に段位はなかった)の、昭和20年3月に居合道達士(たっし)(教士の名称が一時期、達士に変更されていた)の称号を得た。第二次大戦後は全日本剣道連盟で剣道7段教士居合道無段範士であった。古武道界においては日本古武道振興会会長、日本古武道協会常任理事の各職をその死去まで長年つとめた。
昭和50年の千葉県剣道連盟居合道部発足に際しては、加藤高が副部長に、第20代加藤貞雄が常任理事に就任し、更に加藤高自らを長として佐倉支部(現支部長師範江尻裕介居合道錬士6段)が設立された。以降、毎年一回「古流立身流講習会」が県居合道部主催で行われて現在に至っている。
又、千葉県剣道演武大会、千葉県居合道大会でも毎年演武させて頂いている。
東京都内では昭和52年の立身流組織化に伴い、立身流東京矢口支部が大木邦明師範の下に設立され、現在の支部長は師範吉田龍三郎(剣道錬士7段)である。

二 立身流と剣道

立身流傳書の中に「立身流立合目録之巻」がある。ここでの「立合」とは、剣術即ち剣道の意味である。
立身流剣術の形には二刀之形その他もあるが、表之形、陰之形、五合之形を基軸とする。
表之形序は、太刀操作習熟をも目指す表之形破の基本を習得する為の形である。陰之形は小太刀の形であり、五合之形では自らの体全体を変化させることが重要である。
表之形は、摺技(我刀の鎬の相当部分を使って敵刀の相当部分に摺りあわせる)、応じ技(我刀の鎬の一点で敵刀を撥ね付ける。鍔元での場合は手之内、手首を特に効かせる)、張(我刀の一点で敵刀の一点を押したり叩いたりするのは張ではない)、巻落(我刀の一点で敵刀の一点を押し回すのは巻落ではない)等、刀の構造性質を十二分に使いこなす術技を身につける。我刀の刃や峯が敵刀等と接触することは原則としてない。表之形急は走る。
それに対し五合之形には彼我の刀の接触しない術技も多い。敵の打に対し体捌きで我体を変えつつ敵を斬り、敵と同時に斬りかかって敵の刀を落しつつ敵を斬り、敵の色をみて敵の起りを斬る。
現今の剣道で推奨される技は五合之形に多く含まれる。他方、表之形の摺り上げや応じ等は竹刀だけの稽古ではなかなか理解しにくいことになろう。
表之形序の初めの二本は剣術対居合である。表之形破の最後の二本は居合対居合である。五合之形には五合之形詰合という派生の形があるが、これはすべて居合対居合から始まり剣術対剣術に移行する。剣居一体が理念的な意味だけでなく、形の上で現実化している。立身流では剣術と居合を合わせて刀術として括られている所以である。
そしてこれは動きの質に於いても剣術と居合で異なるところはないということでもある。現今の剣道と居合道の動きの質の解離は、立身流の立場からは不自然に感じられる。
なお立身流剣術陰之形三本目右転左転(うてんさてん)は、これを分けると、右転は日本剣道形の小太刀の形の一本目に、左転は二本目になる。

三 立身流と居合道

立身流居合の基軸は、歩きながら、或いは走りながら抜いて斬る「立合」と、正座から始まり正座に終わる「居組」である。「立合」の語にはこの意味と前述した剣術の意味があり、要は一体であることが示されている。
「立身流居合目録之巻」での形についての記載内容は絞れば二つである。一つは向(むこう)という技と圓(まるい)という技を、前後左右に抜くということである。もう一つは向圓には序破急があるということである。向圓は前述の剣術表之形破(全八本。技としては全十二本)の最初の二本であり、最後の二本(技としても併せて四本)でもある。
向は後の先または先々の先の技である。
居合での向は、敵からの我正面への撃(居合でも剣術でもよい)に対し、我は抜刀して向という独特の太刀筋で受流し、敵の正面から斬り下げる。
【写真①】は向で、右側の師範齊藤勝の抜打を、左側の私が抜刀して向で受流す瞬間である。

【写真①】立身流 向(むこう)

【写真①】立身流 向(むこう)

圓は先または先々の先の技である。
居合での圓は、抜刀して我に斬りかかろうと柄に掛けた敵の右手を、我は機先を制して先に抜刀して諸手で斬り落とし、更に敵を正面から斬り下げる。
【写真②】は圓の系統の「前後(ぜんご)」の形で、前の敵が抜刀しようとして柄に掛けた右手を斬り落とすべく、加藤敦宗家補佐が走り寄って抜刀する瞬間である。前の敵の小手を斬り落とし、直ちにふり返って後を追ってくる敵に対処する。

【写真②】立身流 前後(ぜんご)

【写真②】立身流 前後(ぜんご)

向圓を歩きながら、走りながら、正座から抜く。向圓を前後左右への体捌を加えて抜く。敵の数が増える。技の内容も、居合に於る表之形の向圓から居合に於る陰之形の向圓へと変化していく。
立身流居合でいう「形」の内容は、このように足捌き体捌き等の身のこなしを含めた「技」そのもののみである。加えて心法の裏付が要求される。
他方、居合目録之巻に一三ヶ条、立合目録之巻に二五ヶ条の「外(そと)」と称される項目の記載がある。これらは主に特殊な状況下におかれた場合の対処の仕方を示していて、いわば慌てないで済むようにという心得である。立身流に於てこれらは「形」には含まれず、「外(と)のもの」とされる。「門戸出入之事(もんこしゅつにゅうのこと)」「壁添勝様之事(かべぞいかちようのこと)」「介錯仕様之事(かいしゃくしようのこと)」「人込刀抜様之事(ひとごみかたなぬきようのこと)」「乍走抜様之事(はしりながらぬきようのこと)」「同追様之事(どうおいようのこと)」「抜所被留(ぬくところとめられ)勝様之事」「細道(ほそみち)抜様之事」「柄被留(つかとめられ)勝様之事」「二之腕被組(にのうでくまれ)勝様之事」「胸紐被取(むなひもとられ)勝様之事」「袖口被留(そでくちとめられ)勝様之事」「落指(おとしざし)抜様之事」等である。

  四 立身流と杖道

杖は立身流での半棒(はんぼう)にあたる。「半」棒といっても六尺棒の半分の三尺ではなく、ほぼ四尺強である。
一般に杖など刀以外の武器を使用する場合の形は刀に勝つように組まれている。
ところが立身流は逆で、最終的には刀で半棒を制する形である。立身流半棒之形は基本として三本、変化を含めて十本であるが、一つの動きは右左にできなければならないのが原則なので本数は更に増える。
立身流にはいわゆる長物(ながもの)として棒(ほぼ六尺)、長刀(ほぼ六尺柄)、鎗(柄は、ほぼ九尺を基準として二間まで)等もある。間合の違い等は別として、半棒を含むこれらの武器の業には流用性がある為、他種目の形を取入れた稽古もなされる。ちなみに鎗は、歩立(かちだち)の場合(騎馬でない場合)は「トカク胸板(むないた)刀諸臑(もろづね)ヲナグル」ものとされる。
刀を鞘ごと使用する提刀(ていとう)というものがある。鍔や反を利用する技は別として、提刀の技を半棒で使い、或いはその逆にも使う。ここで刀術と杖術はあらためて繋がることになる。
杖道はその主目的が刀を制するものである点でも、又、杖は鞘におさめられた刀に代わりうる点でも、刀との関係を前提とし、刀の存在の下に成り立つ武道であって、その意味では剣道や居合道と異るところはない。

五 提言

このように剣道居合道は勿論、杖道も日本刀を基軸とし、日本刀との関係の下に存在する武道である。
ところが、その共通の要素である、刀の構造機能の理解及びその刀を用いた動きや技術の性質の理解が共有されていない。それが、現今の各道の動きの質の解離につながっていると思えてならない。
例えば、剣道居合道杖道それぞれの場において、真正面からの大きくゆっくりした面撃に対し、木刀できれば模擬刀の表の鎬で摺上げて面に斬り返す稽古をする。その際は正確さを旨とし、ゆっくりした大きい動作で、剣先を効かし、反を活用し、我剣先近くの鎬で相手の手元近くをとらえ、我鍔元寄りの鎬までを使い切って摺りあげる。摺りあげる我刀は鎬以外の箇所で相手の武具と接触しない。斬る際は刃筋が立つ。
このように正確な摺上技を経験するだけでも、各道を総合した武道の意味の理解とその共通の動きの理解とに有益と思われる。鎬のみを使うという微妙な操作が、手之内、手首、肘、肩,体、足を含む身体全体の動きの精妙さを感じさせ、それを知る手掛かりになるのではなかろうか。又、この精妙さに興味をかきたてられる効果もあるのではなかろうか。
そして、応用すれば、例えば剣道の竹刀ででも、摺上面は有効に使える技のはずである。
明治以降、特に第二次大戦後に顕著だが、武道が用具や技により種別化され、分化されている。これを専門化と言う人もいるが、あるいは単に視野が狭くなっただけではなかろうか。極論すれば、武術武道は武術武道でなくなってしまい、それが閉塞感を生じさせていると感じられる。今、あらためて分化したものの総合化を図り、失われた価値の回復を目指せないだろうか。そこから又、新たなものも生まれると思う。

六 立身流の体系と三道

立身流は素手短刀等の俰をはじめ数多の武器を使いこなす総合武術であるが、その基本にして極意である形は向と圓である。二種の遺伝配列が全ての源であるように向と圓が全ての起源である。またこれが思索の基本構造ともなっている。
立身流目録での向圓は、身之曲尺、太刀之曲尺、心之曲尺そして無意無心無固無我の曲尺合 [立身流三四五曲尺合之巻]や心目體用一致 [立身流俰極意之巻]などを求める練磨を経て、立身流極意之巻の月之太刀(向)、日之太刀(圓)として完成されていく。向と圓に全てが含まれ、凝縮していく。
立身流には正傳書が十五巻あり、この全てを皆済されて皆伝となる。そのうち形そのものについて記されるのは各目録之巻が主で、他のほとんどの巻は、心法を含む武道全体に通ずる内容、ひいては生死、人間への思索、世界、自然、宇宙観にも及ぶ内容である。また、それらと形との関連の内容である。
いわゆる心法は武道全体に共通していて、剣道居合道杖道において異なるところはない。すなわち、三道の目指すところは立身流の目指すところと同一である。

七 結語

立身流は、用兵術や戦での作法等それぞれの時代を背景にした広さと、歴史により熟成された完成度と、技の質の高さと思索の深さを備えている。
立身流をもって幕末の実戦を経験した半澤成恒先生は立身流を信奉し、「立身流以外は剣に非ず」と豪語して憚らなかった。

(本稿は、頭書の初出後に頂いた質問等を加味し、平成29年1月に補筆したものである。)

加藤 紘
立身流第22代宗家
千葉県指定無形文化財保持者
日本古武道協会(日本武道館)常任理事
日本古武道振興会評議員
弁護士

立身流からみた警視(庁)流の各種形及び体系

立身流第22代宗家 加藤 紘
[平成27年11月23日掲載/令和3年年5月23日改訂(禁転載)]

一、はじめに

立身流は警視流の居合(全5本)、剣術(木太刀之形、全10本)、柔術(捕縄、活法を含む)の全てに採用された、そして併せると4本を採用された、唯一の流儀です。表題の「各種」とはこの3種(捕縄を別に数えると4種)を示します。
本稿は、警視流に採用された立身流本来の形と警視流の形との異同および両流の全体的関係を探るものです。
しかし、この作業には困難が伴います。
立身流の形の内容は確定していて問題ありません。
問題は警視流の内容についてで、文献の記述、ひいては演武者や解説者毎に大きい違いが見受けられることです。警視流の形が制定される際、既に元の流儀の形からの変容と各流を併せたことから来る曖昧さがあり、文字化される際にそれが引き継がれ、更にその後の文字に基づく研究復元による演武や、度重なる文字化が誤解を拡大している様相が見受けられます。制定後百数十年の間、流派としての伝承の中核がないまま経過し、特に居合については裾野が拡散した影響もあるようです。
警視流居合を源にして他の流名が付されている例もいくつか見受けられます。
警視流柔術は文献上だけの存在です。
このような状況の下、本稿は立身流の見地からすればこうなのだ、という視点のものです。

二、警視流に採用された立身流各種形の演武映像

警視流に採用された立身流居合四方、立身流剣術巻落、立身流俰(やわら)柄搦の3本の形の演武映像はユーチューブ動画「特集 伝統を受け継ぐ総合武術 立身流」(佐倉市制作・平成27年3月12日撮影 同年3月広報番組放映)をご覧下さい。
説明を要するいくつかの注意点はありますが、流門にとって教科書的な映像です。特に私の演武のスローモーション映像をよくみて研究して下さい。
但し、この画像で「分かった」と思わないで下さい。画像で感得できるのは大まかな雰囲気だけにすぎません。

三、居合

(一) 警視流居合に関する資料
私の知る限り、最も古い文献は、後記資料(一)の警視廰本署撃劍世話掛による明治19年(1886年)6月付「警視廰劍術組大刀之方書 全」(以下、本文では方書と略称)です。
そして、後記資料(十)の「剣道の歴史」(2003年(平成15年))に、方書の記載に句読点をいれた同一の文(一部に誤植があります)が転載されています。
そこで、以下では「方書」の記載を基に警視流居合の内容を理解し、必要な都度、後記資料(三)の「立身流第19代宗家加藤久自筆ノート」(以下、ノートという)等を引用します。

(二) 立身流居合と警視流居合との体系を含む関係全般については、拙稿『立身流に於る 形・向・圓・傳技・一心圓光剣・目録「外」(いわゆる「とのもの」)の意味』に記したとおりです。
立身流の見地からすれば、警視流居合の一本目から四本目は立身流居合の陰之形立合(本伝)を応用して簡略化したものであり、五本目は立身流居合の表之形立合 (破)八本目四方を応用して簡略化したものです。
警視流居合五本の体系の基本は立身流と同一です。
立身流居合の陰之形立合の内容については、拙稿「立身流居合に於る鞘引と鞘(の)戻(し) ~立身流歴代宗家の演武写真を参考にして~」を参照して下さい。

(三) 立身流居合四方(しほう)と警視流居合の五本目四方(しほう)との相違
1、立身流居合の表之形立合破の八本目四方が、警視流居合五本目四方となっています。
立身流居合には向と圓があり、例えば後の敵に対しては後向(左回り)と後圓(右回り)があります。八本の最後が四方(圓)でまとめられています。

2、立身流居合の四方については、前記の動画「特集 伝統を受け継ぐ総合武術 立身流」及び、後記資料(九)の拙著「立身流之形 第一巻」を参照して下さい。

3、警視流居合五本目四方の内容。
方書の記載は次のとおりです。

敵四方ヨリ囲ムトキ我カ頭上ヲ凌ギナカラ右足ヲ蹈込前ノ敵ヲ抜打頭上ヘ切込足ハ其侭ニテ後ロノ敵ヲ切右足ヲ蹈込ナカラ太刀ヲ左リヘ巻キ又一ㇳ太刀切又右足ヲ右跡ヘ開キ太刀ヲ右ヘ巻キ左ノ敵ヲ切リ又右足ヲ蹈込ナカラ太刀ヲ左リヘ巻キ一ㇳ太刀切足ハ其侭ニテ後ロノ敵ヲ切又右足ヲ蹈込ナカラ太刀ヲ左リヘ巻キ又一ㇳ太刀切是ニテ四方ノ敵ヲ折留ルナリ

4、方書の記載による警視流の四方と立身流の四方との相違は次のとおりです。

①警視流では、前の敵への抜刀の際「我カ頭上ヲ凌キナカラ・・・前ノ敵ヲ抜打頭上ヘ切込」として、自らの頭を守りながら抜きます。
立身流居合では原則としてそのようなことはありません。
なお、四方は圓の系統ですが、「我カ頭上ヲ凌キナカラ」圓を使うのは剣術表之形においてです(拙稿『立身流剣術表之形破と「手本柔」(立身流變働之巻)』参照)。
居合では足使いが異なり、敵の刀に関係なく強打(こわうち)がなされます(後記③参照)。

②警視流では、順次、前の敵の正面、後の敵の正面及び正面、右の敵の正面及び正面、左の敵の正面及び正面を切る、とされています。
立身流では、前の敵の右小手、後の敵の右小手及び正面、右の敵の右小手及び正面、左の敵の右小手及び正面を斬るのが基本です。小手面の連続技が基調ということです。立身流には面面と斬る変化もあります(敵には、小手にくるのか面にくるのか、わかりません)が、少なくも立身流の基本の形とは異なります。
立身流の小手斬は、柄にかけた敵の右小手を斬落すものです。
明治の警視流制定時には、このような想定をする必要がなくなり、小手斬は面斬に変えられたものと考えられます。

③警視流では、「太刀ヲ左リヘ巻キ」「太刀ヲ右ヘ巻キ」とされています。
立身流についてもその動作を表す言葉としては、一応「巻く」と表現されてもいいでしょう。
しかし、その「巻キ」は、単に調子を整える為だけのものではありません。
その実質的な意味合は強打(こわうち)です。前記動画および拙稿『立身流変働之巻に於る「躰用者則刀抜出体抜」』を参照して下さい。

④警視流につき、方書では、最後の左の敵に対し「右足ヲ蹈込ナカラ・・・又一ト太刀切」となっています。すなわち、最後の一振は右足を出しつつ斬るわけで、かつ、左足を継ぐとは記載されていません。
現今行われている警視流演武では右足を出したうえ更に左足を継いでいるようです。
いずれにしても立身流では、右の敵を斬った足はそのまま振り返りつつ左の敵の小手を斬り、さらに足はそのまま、前のめりになる敵の面を斬ります。そして右足を出しつつ正眼にとって残心となります。最後の一振の際は足を出しません。

⑤方書には残心の記載がありませんが、立身流居合では必ず最後に正眼をとり残心を示します。上記④に記した通りです。

5、現今の警視流居合四方の演武と立身流居合四方とを対比した相違を示します。番号は通し番号です。

⑥警視流では、直立から歩き始めるときは右足からとなっています(ノート)。
立身流では左足からです(右足前の状態からの場合の歩み始めは前足の右足からですが)。後記「六、柔術(一) 柄搦 4、」を参照して下さい。
なお、警視流でも近時、左足から歩み始める演武がされているようです。

⑦警視流では、前の敵への抜き付けを右片手だけでなすことが多いようです。
立身流での前の敵への抜き付けは、小手や正面あるいは袈裟いずれであっても諸手斬です。

⑧警視流での前の敵への抜き付けが横に薙ぐようにされているときがあります。
立身流居合の表之形の四方が警視流となっているのですから、横に薙ぐ抜き付けはないはずです。
立身流四方の表は真上より諸手で斬り下ろします。
立身流居合の陰之形では右手のみで横にも薙ぎますが、これが警視流の五本目に採用されたのではありません。

⑨警視流では、振り返って切る際、左足を踏み替えて演武されています。
立身流では後方へ振り返る際、右回りでも左回りでも、序之形以外では足を踏み替えません。実戦形である破之形が警視流に採用されているのですから足は踏み変えないところです。
方書でも「足ハ其侭」となっていて踏み替えるとはされていません。

⑩警視流では切る際、左足を継ぐ人が多いようです。
立身流居合では、斬る際、足を継ぎません。立身流居合は通常の歩みの上に乗っています。右足でも左足でも、後足を継がないでも斬れる間合と態勢をはじめからとっていなければいけません。
方書でも、前記の最後の左の敵に対しての場合を含め、「右足ヲ蹈込ナカラ」とだけになっていて左足を継いでいません。

⑪警視流としての演武で、後右左の敵に対してもそれぞれ一太刀しか斬らない演武をなさる人がいるとのことです。
実戦の現場でそのような場合もありうるでしょうが、立身流の基本の形ではありません。

⑫警視流としての演武で、最初に右の敵に斬りつける動作をなさる人がいるとのことです。
これも立身流四方の基本の形ではありません。

6、「四方」以外も含めた立身流居合と警視流居合の相違を示します。番号は通し番号です

⑬警視流の警礼、佩刀、終止の場合及び脱刀の礼法は立身流と異なります(ノート)。
立身流礼法については拙稿「立身流に学ぶ ~礼法から術技へ~」を参照して下さい。

⑭警視流の鯉口の切り方は左親指でなされているようで、これも立身流と異なります。立身流では、擁刀の上、胸腹部および両手の作用と力で鯉口を切ります。拙稿「立身流居合に於る 鞘引と鞘(の)戻(し) ~立身流歴代宗家の演武写真を参考にして~」及び前掲動画を参照して下さい。

⑮警視流では血流(血振)がされていますが、立身流に血流はありません。

⑯警視流の納刀
立身流居合での急以外の納刀と同様逆手納刀ですが、立身流のように鍔を右掌でくるまずに、柄だけを握る演武がされているようです。ノートでは「無念流ト同シ」となっています。無念流とは神道無念流のことです。そして、ノートに「無念流立居合(十二本)」が記されています。その中の「刀ノ収メ方」の第二、に、「・・・右手ノ拇指ハ縁頭付近ヲ其他ノ指ハ下方ヨリ鍔及ヒ柄ヲ持ツ」との記載があります。この記載通りとすると立身流と同じことになると思われます。

⑰現今行われている警視流居合には様々な形態があるようですが、いずれも、その動作の性質や足捌き体捌きの態様に、立身流とは相当の相違があります。例えば拙稿「立身流居合に於る 鞘引と鞘(の)戻(し) ~立身流歴代宗家の演武写真を参考にして~」を参照して下さい。

四、剣術

(一) 警視流剣術に関する資料
剣術についても、最も古い文献は方書です。
そして、後記資料(十)の「剣道の歴史」に同一の文が転載されていることも同様です。
ノートでの警視流木太刀形の記載内容、および後記資料(二)「剣法至極詳伝 全」(大正2年。以下、詳伝という。)での警視流木太刀形の記載の内容は方書と同一で、文章表現まで似ます。方書がノート及び詳伝の底本と判断できます。
そこで本論考では、他の箇所の引用などの便宜上、詳伝の記載を基本に警視流剣術の内容を理解し、必要な都度、他の資料を引用します。
特に、現今行われている警視流剣術に大きな影響を与えたと思われる後記資料(六)の昭和10年に発行された陸軍戸山学校剣術科著「剣術教範詳解」(以下、教範という)をも重要資料とします。

(二) 立身流剣術表之形破五本目巻落
拙稿『立身流剣術表之形破と「手本柔」(立身流變働之巻)』に詳述しました。
参照して下さい。

(三) 警視流剣術四本目巻落
1、初期の文献の内容と現今の演武内容との間には大きな差異があります。その差異によって立身流の巻落と警視流の巻落の相違が更に大きくなっています。

2、警視流剣術四本目巻落の内容。
詳伝の記載を要約すると次のとおりです。

双方正眼から受、左上段へ、仕、中段へ。受が打込み頭上へ來る太刀を、仕は巻き直に胸部へ突込む。
受、右足を引きながら上段にとる。仕、敵上段に取るを見て右足を跡へ引きながら太刀を後ろ斜に取る。受が右足を踏込んで頭上目掛て打込むのに対し、仕は右足を踏み横腹を切り左足を踏込み後を向き居敷き正眼に構え圍む。

3、詳伝の記載する警視流四本目巻落と立身流巻落との相違
詳伝の記載による限り、警視流巻落と立身流巻落の間にそれほど大きな相違はないといえます。

①詳伝記載の、仕の「中段」の意味
詳伝では、受の左上段に対し仕は正眼(方書では、「正眼」は全て「清眼」と記載されます)から中段の構に直す、とされます。詳伝(勿論、ノート及び方書も同じ)の警視流木太刀形の中に中段の語はここにしか出てきません。これは立身流でいう平正眼(ひらせいがん)を意味すると考えられます。
立身流では、上段に対し平正眼をとるのが通常です。上段の態様により平正眼の態様も変わります。また、立身流では平正眼を単に中段とも呼称します。同じ中段でも、敵が正眼の場合、左上段の場合、右上段の場合その他敵に応じて変化するのは当然です。立身流で中段と正眼(立身流では「清眼」と記す場合が多い)とはほぼ同じ意味で使われる語ですが平中段という語はありません。
後記の参考を参照して下さい。

②詳伝記載の、突かれた後の受の上段
警視流でとられる突かれた後の受の上段は、立身流では肩上段です。八相に似ますが、八相よりも高く刀が上がった構です。肩上段は、左拳が口あるいはそれ以上の高さに位置し、我左手の上から敵を見ます。
詳伝の上段は右足を引く上段ですから、我左手の下から敵を見る左上段と思われ、そうだとすると厳密には立身流と相違します。

③詳伝で仕が「太刀を後ろ斜に取る」とされるのは、脇構をとる意味でしょう。
立身流と同一です。

④詳伝では、受が上段に取り、また、仕が脇構にとるとき、その後へ引く足はいずれも一歩、その後の受仕双方の打込みの足も一歩です。
立身流では受仕とも退く距離を大きくとります。従って撃込む足も双方とも三歩になります。

⑤詳伝では、仕は居敷きながら後ろを向くとされています。
立身流では、仕は逆胴を強く斬り、その結果、目は敵を見ていますが居敷いたときに身体は後を向かず、正眼にも構えません。立ち上がったとき正眼をとります。

4、現今行われる警視流四本目巻落は一見して立身流巻落と相当異なります。
これは、教範の記載の影響によるものと思われます。
私の知る限り、教範に初めて「一文字ノ構」という立身流にはない名称の、立身流にはない構え方が記され、その後の文献例えば、後記資料(八)の昭和46年発行「警視庁剣道教本」などに踏襲されています。現今の演武はこの「一文字の構」でなされているようです。
しかし平成15年発行の資料(十)では、方書の記述が収録された結果、正しく「中段ノ構」とされています。

5、教範の記載する警視流四本目巻落と立身流巻落との相違を示します。番号は通し番号です。

⑥教範では、「打上段」となっています。右か左か不明です。
立身流では左上段です。なお、後記⑩を参照して下さい。

⑦教範では、「仕一文字」、『仕太刀「眞一文字」ノ構トナル(右手ヲ肩ト水平ノ處ニ伸ハシ太刀ヲ水平ニス)』となっています。前述のとおり立身流にはこのような名称も、このような構え方もありません。
立身流では平正眼です。
なぜこのような誤解が生じたのかは不明ですが、平正眼という微妙な構が、構だけの態様として、心理学上にいわゆる「強調化」された結果かもしれません。

平成27年10月3日、鹿島神宮武徳殿に於て、天道流薙刀木村恭子宗家から、実技を含め御教示を受ける機会を得ました。
天道流の一本目の形名は「一文字の乱れ」であり、「一文字の構え」という基本の構えから始まるとのことです。或いはこの天道流の薙刀による構と技が形を変えて混じり込んだのかもしれません。
立身流長刀には、「一文字の構」という名称の構はありません。

平成28年4月1日、禮樂堂に於て、小野派一刀流笹森建美宗家から、実技を含め御教示を受ける機会を得ました。
後記資料(七)の293ページに「一文字」とあり、又、詰座抜刀の解説中の295ページに「横一文字」とあります。詰座抜刀には「縦(たて)一文字」というものもあるとのことです。しかし、いずれも現在行われている警視流の「一文字」「眞一文字」とは異なる技や構です。
ところが、同書559ページに「真剣」とある写真の構は、正に警視流の「一文字」の構のようです。笹森先生によりますと、この写真は、真剣(信剣)(同書253ページ)の一つの形態ともいえる「大正眼」だとのことです。真剣には上、中、下とありますが、その「上」よりも高く刀が位置するのが大正眼だそうです。

以上、警視流で行われる一文字の構の実態は、一刀流の大正眼である可能性が強いと思われます。

⑧一文字の構という立身流にない構をとった結果、その構えのままでは立身流の巻落の技を使うのは難しくなります。
仕が「右手ヲ肩ト水平ノ處ニ伸ハシ」ている状態での間合の下、受はどのように攻撃するか、受にとって適切な間合がとれた上で受の打があったとしても、仕が「右手ヲ肩ト水平ノ處ニ伸ハシ」たままで打太刀(受方、受)の刀を受けたのでは、仕の受ける動作自体不自然にならざるを得ません。
また、摺り込みが難しく、敵の鍔元にくい込む巻は困難です。敵の鍔元にくい込む巻をするためには、ゆるんで余裕のある肘を伸ばす動作が必要です。
その結果、警視流では刀と刀の摺り合わせがなく、仕太刀(仕方、仕)は、自分の刀の一点で打太刀の刀の一点を押し回すことになると思われ、現にそのような演武がされているようです。
摺り技は双方の刀身の相当部分が摺りあうものです。
前掲拙稿『立身流剣術表之形破と「手本柔」(立身流變働之巻)』を参照して下さい。

⑨教範では、立身流を立心流と誤って記載しています。

⑩教範では、「仕太刀カ上段ヨリ右足ヨリ進ミ」となっていますが、打太刀(受)を「仕太刀」と誤植しています。
また立身流では、右上段の場合に前足の右足より進むのが原則なので、ここでいう上段は右上段を示すかと思われます。とすると、立身流では打太刀は最初は左上段をとりますので、立身流とは異なることになります。前記⑥を参照して下さい。
教範の記載は、他にも打と仕が混同されていて、意味の通らない箇所がいくつかあります。

⑪教範では「太刀ヲ大キク・・・正面ヲ・・・打チ・・・上體ヲ前ニ屈メ・・・」となっています。
立身流ではこのようなことはありません。常に「竪1横一」の姿勢です(拙稿「立身流に学ぶ ~礼法から術技へ」参照)。
立身流で打突後に上体を屈めることはありません。

6、他方、教範の記載する警視流巻落と立身流巻落とで共通する点もあります。

A 教範には「物打ヲ鍔際刀腹ニテ受ケ、「エイ」ニテ巻キ落シ」と記載されます。
言葉だけで言えばまさにそのようになるでしょう(ただし、『「エイ」ニテ』は異なります)。
問題は、「受ケ」までの経過態様、「受ケ」の態様、「巻落シ」の内容態様等で、それら肝心なところが記されていません。
そもそも言葉や文字で形を完全に表現するのは不可能です。その結果、当然、復元には限界があり、肝心なところ、しかも至極の段階での武芸の微妙さを復元することはできません。完全な復元はまずありえないということです。

B 「右足ヲ大キク引キ・・・脇構トシ」
これについては前述(④)しました。

C 二太刀目に、仕太刀が「左右左ト三歩」、打太刀が「肩上段ヨリ右左右ト三歩」進む。
同じく前述(④)しました。

7、立身流巻落と現今の警視流巻落の演武とを対比したその他の相違を示します。番号は通し番号です。

⑫受が肩上段でなく上段でもなく、八相しかも相当低い位置にとられていることがあるようです。「脇構に対するのだから八相」という理解かもしれません。
仮に八相をとる場合、その八相に体格などにより相違がでるのは当然ですが、極端は避けるべきでしょう。

(四) ここで摺り技での要諦を確認します。
それは、我が刀の鎬の相当部分を敵の刀の相当部分に擦り合わせる技で、しかも我剣先で敵の鍔元を攻めることが肝要です。
前掲拙稿『立身流剣術表之形破と「手本柔」(立身流變働之巻)』を参照して下さい。

(五) 警視流に於る摺り技
警視流剣術全10本のうち、摺り技と思われる技を含むものは5本に及びます。
詳伝の記述を挙げたうえ、その内容につき触れてみます。
私は立身流以外の流派については門外漢ですので、巻落以外の警視流剣術の内容についての記述は、詳伝等の資料の記載のみを前提とし、立身流の見地から可能な限り理解しようとしたものにすぎません。

第一 八相 (直心影流)

「気合にて太刀を摺合す」(詳伝)

いわゆる「気あたり」としての相上段からの摺合せかと思われます。

第二 変化 (鞍馬流)

「頭上へ打込まれし太刀を受留め摺落し直に敵の胸部へ突込む」(詳伝)

先代鞍馬流宗家柴田鐵雄先生から、「へんげ」ではなく「へんか」と読むとお教えを受けました。
詳伝に使われる「摺落し」の語が、まさに立身流の張を意味していることは拙稿『立身流剣術表之形破と「手本柔」(立身流變働之巻)』に記載したとおりです。
日本剣道形小太刀三本目にも「摺落し」の語が使われています(後記資料(四)及び資料(五)参照)。その動きは小太刀で立身流の張落をするにほかなりません。
警視流の変化の形は立身流の張の動きを含むものです。
立身流では、上段からの撃を張落しての突は立身流剣術表之形の序之形で修練されます。突を張落しての突は破之形に含まれます。この時の突は受方仕方双方とも小走りの状況下で繰り出されます。拙著「立身流之形第一巻」(後記資料(九))を参照して下さい。又、後記の第五を対比して下さい。

第三 巻落 (立身流)

「頭上へ來る太刀を巻き直ちに胸部へ突込む」(詳伝)

拙稿『立身流剣術表之形破と「手本柔」(立身流變働之巻)』に詳述したとおりです。張と併せて参照して下さい。

第五 下段の突 (北辰一刀流)

「敵突来る太刀を鎬を以て殺し其儘胸部を突く」(詳伝)

詳伝の記述122ぺージより引用します。

「すり上げて面を打つのは至極なり
すり落しからつきも亦妙

・・・すり落しとは敵の突き来る太刀を殺し我が太刀を生かして突くを謂う・・・」

即ち、この技も張です。
立身流と対比すると、立身流の破之形(乃至急之形)では、まず受方仕方の双方が走ります。そして受方(打太刀)が八相から中段に代わって繰り出す突を、仕方は脇構から下段(立身流の下段は刀がほぼ水平)に変えてから張落し突返します。それも、間合によっては、一歩退くことなく受け、張り、突返す技を一瞬で使います。後記資料(八)を参照して下さい。又、前記第二を対比して下さい。
只、詳伝でもノートでも、この形についての表現は「鎬を以て殺し」とだけあって、「摺」の語が書いてありません。「摺」の語が使われてないのは方書でも同じです。
この点から考えますと、この技は、あるいは摺技でなく、萎(なやし)技であるかとも思われます。

第十 位詰 (鏡心明智流)

「受、(仕が)頭へ打込み来る時左り足を引き太刀を打合す力足らずして太刀を摺落さるゝなり」(詳伝)

この位詰は、仕の攻撃と同時に、受も摺技を掛けつつ同時に攻撃する技のようです。
としますと、敵我双方が同時に面を斬っていく立身流五合之形二之太刀と同じです。
ただ、立身流では摺技を仕掛けた仕方の技が成功し、敵の動きに併せて面を撃つ仕方が勝ちます。後記資料(九)を参照して下さい。
これに対し、警視流では摺技を仕掛けた受の技は不成功に終り、受の「力足らずして太刀を摺落さ」れ、受が負けます。受が「左り足を引」く故と思われます。拙稿『立身流変働之巻に於る「躰用者則刀抜出体抜」』を参照して下さい。

(六) 立身流から見た警視流木太刀之形の体系の一端

1、このようにみてきますと、摺技のみに関してでも、立身流の形の体系と警視流の形の体系との間に親近性がみられます。
警視流の前記5本の形を、立身流の表之形の前斜、張、巻落、そして立身流五合之形二之太刀と対応させてみます。

第一 八相
「摺り」の基本を示すものとしてみれば立身流表三本目の前斜に対応させることができます。

但し警視流八相は摺上技にまでは至っていません。

第二 變化
立身流表四本目の張に対応します。但し、突に対しての張でなく面撃に対しての張である点からすると厳密には立身流序之形の張に対応することになります。

立身流の視点からは、立身流の張落と同一です。

第三 巻落
立身流表破之形五本目巻落そのものです。

第五 下段の突
突に対する張落し突で、立身流表之形破の張と同一です。

但し、この形は前記のとおり、萎技であるかもしれません。

第十 位詰
立身流五合之形二之太刀に対応します。

しかし、前記の通り、摺技を掛けようとした側が逆に摺落される、という意味では立身流と結果が逆になります。

2、警視流は正に、当時の最先端をいく剣術諸流儀の奥義を抽出したものです。
摺技だけをみても、秘伝中の秘伝の粋を集め、体系化されています。
その配列は、基本的なものから、より微妙精妙な技に移行する順序となっているといえます。
立身流と対照しますと、摺技の面だけでも、警視流剣術全10本のうちの5本が、立身流剣術表之形破全8本のうちの3本および立身流剣術五合之形5本のうちの1本の計4本と対応させることができ、その配列順序の体系もほぼ同一思想に立脚しています。
警視流を組んだ先人の修業、力量、見識の程が偲ばれます。

五、柔術

(一) 柄搦
1、警視流柔術の資料
後記資料(十一)及び資料(十二)によります。
資料(十一)の序に、資料(十)の著者が「・・・拳法圖解・・・井ノ口氏ト會シ二三ノ修正ヲナシ其好意ノ在ル處ニ任ス・・・」と記しています。
又、同じ資料(十一)に、その著者井口松之助が編者名下での諸言として「・・・久富先生・・・ノ望ミノ儘ニ綴リ・・・」としています。
このように両書は、文章や図は異なっても内容はほぼ同一で、柄搦に関しても同様です。

2、警視流柔術柄搦の内容
資料(十一)及び資料(十二)を参照して下さい。

敵が我剣を引き抜こうとして我剣の柄を握ったその敵の両手を、我も両手で柄もろとも握り込んで固定し、まず右上方向に柄を突きあげて敵両手の逆をとって痛めつける。更に、敵の右手を確保したまま、柄を我からみて敵右手の下、左、上、右、下と回して敵右手首を捻って極め、敵を俯せに地に固める。

3、対応する立身流俰(やわら)での形の内容および名称
(1)内容
上記警視流柄搦と同一です。

(2)名称および立身流俰(やわら)での位置
「柄搦」の名称は立身流俰目録之巻の中にありません。
しかし、立身流第17代宗家逸見忠蔵の「立身流之秘」(安政5年戌午10月吉日筆)の中の記載に「柔術表形居組」として「右位 首位 胸痛 寄壁 自故 額倒 柄取三」とあります。
立身流俰目録之巻の居組は前記の右位から額倒(かくとう)までの六ヶ条なのですが、これに「柄取三」が加えられた形です。
この柄取三の内の一つが「柄搦」として警視流に採用されたものです。
警視流柄搦は立身流俰(やわら)の体系からすると、立身流俰目録之巻第一条右位、第二十一条小手折之事の系に連なり、直接には第六条額倒の応用です。従って、上記逸見忠蔵は上記のように記載したものと思われます。
本来ならば立身流俰目録第四十一条乱合之事(拙稿『立身流に於る 形・向・圓・傳技・一心圓光剣・目録「外」(いわゆる「とのもの」)の意味』参照)に括られるものに名称をつけたわけです。

4、立身流俰(やわら)と警視流柔術における他の共通点
資料(十一)には「左足ヨリ踏出スヲ法トス」、資料(十二)には「・・・直立・・・常ニ歩行スル時モ稽古ヲナス時モ左リ足ヨリ徐々ト進出ルベシ」と記載されています。
まさに立身流礼法、立身流術技全般と同じです(拙稿『立身流に於る「・・・圓抜者則自之手本柔二他之打處強之理・・・」(立身流變働之巻)』、及び、前述居合の④参照)。

(二) 早縄(はやなわ)
1、資料(十一)及び資料(十二)によれば、警視流柔術には捕縄(ほじょう)、活法(かっぽう)が付加され、早縄の一に立身流が採用されています。

2、内容
敵を俯(うつぶせ)に組伏せて右手を捻り上げ、捕縄の蛇口(拙稿「立身流に於る下緒の取扱」参照)を敵の右手首に掛け、敵の首に右巻に一巻したうえ、敵の左手首に結びつける。
敵が暴れるほど自分の首を絞めることになります。
さらに暴れたり逃走の気配のあるときは、足の親指一本に縄の残りを結いつけます。

3、立身流には捕縄として早縄7筋(すじ)本縄(ほんなわ)14筋の併せて21筋の捕縄があります。
しかし、加藤久第19代宗家宅の倉の火災で縄人形が全て焼失し、その詳細は不明となってしまいました。
捕縄の各流の内容には似通ったものが多いと伝えられていますが、上記警視流早縄は立身流逸見宗助によることが資料(十一)及び資料(十二)(これにのみ立見流と誤記されている)に記されています。
資料(十二)80ページに記載される「武藤廸夫先生」は立身流門です(拙稿「立身流門を主とした佐倉藩士と警視庁」参照)。
立身流でも本縄の掛け様は掛けられる者の身分によって異なっていました。
半澤成恒立身流第18代宗家は加藤久に教伝の際、「間違えてしまっても『てまえ、ご流儀でござる』といえばいいのだ」と述べています。
加藤髙立身流第22代宗家の少年時代(大正期)の立身流門に捕縄の名手がおり、暴れる者をグリッ、グリッとたちまちきれいに縛り上げ、見事だったそうです。


資  料 (通し番号で示す)

一、居合および剣術関係
(一)、「警視廰劍術組大刀之方書 全」(本文では方書(かたがき)と略称) (立身流所蔵の写(コピー))警視廰本署 撃劍世話掛 明治19年6月
(二)、「剣法至極詳伝 全」(本文では詳伝と略称) 木下壽徳著 大正2年6月25日発行
(三)、加藤久立身流第19代宗家自筆ノート(本文ではノートと略称) 大正初期記載分より
(四)、「剣道」 高野佐三郎著 大正4年2月11日発行
(五)、「日本剣道教範」 高野佐三郎著 大正9年1月15日発行
(六)、「剣術教範詳解」(本文では教範と略称) 陸軍戸山学校剣術科著 昭和10年12月20日発行 昭和14年2月15日4版発行
(七)、「一刀流極意」 笹森順造著 昭和40年11月15日発行
(八)、「警視庁剣道教本」 昭和46年11月30日発行 編集者 警視庁剣道指導室 発行者 警視庁警務部教養課
(九)、「立身流之形 第一巻」 発行日 平成9年12月14日 著作者 加藤 高 加藤 紘
(十)、「剣道の歴史」 2003年(平成15年)1月18日 第1刷発行 編集・発行 財団法人日本剣道連盟

524ページ以下に、八戸図書館が所蔵する方書筆写の文に句読点を付して転載(警視流の居合および木太刀之形)

二、柔術関係
(十一)、「拳法圖解 完」 明治21年1月出版 著者 東京府士族 久富鐡太郎
(十二)、「早縄活法 拳法教範圖解 全」 明治31年5月17日発行 著述者兼発行者 井口松之助


参  考

立身流秘伝之書より(明和元甲申晩秋一鏡堂源水跋(立身流第11代宗家逸見柳芳、1764年)筆)

太刀構常三ケ之傳

常     無備     心備
上段構   中段構    下段構
直偽撃   清眼詰    前斜寄

夫太刀之構 如備 分而不別 用動常也 呂望曰 用莫大於玄點・・・

たちのかまえつねなるさんこのでん

つね        むび        しんび
じょうだんがまえ  ちゅうだんがまえ  げだんがまえ
ちょくぎのうち   せいがんづめ    まえじゃより

それ、たちのかまえは、そなえのごとし。わけてわけず、もちいてうごくはつねのことなり。りょぼういわく、もちい補るにげんてんよりだいなるはなし・・・


追  補

警視流の剣術と居合につき、「史料 近代剣道史」(著者 中村民雄、発行所 株式会社島津書房、昭和六十年四月三十日 発行)304頁以下に、「警視流形(室井秋治解説)」が、「(室井秋治偏『警視流』。昭和五年四月ガリ刷)として掲載されています。
その304頁に、剣術四本目巻落について、「仕中段(一文字構)」「一文字構巻キ落シ気當斜構引キ胴」との記載があります。
また、308頁には「仕太刀、眞一文字ノ構トナル。眞一文字トハ右手ヲ肩ト平行ノ処ニ伸バシ太刀ヲ水平ニス。」と記載されています。
なお、「…仕方ノ突ク時右足ヲ左足ノ後方ニ引キ肩上段トナリ…」と記されていて、立身流独特の用語である「肩上段」の語を見ることができます。

以上

立身流剣術表之形破と「手本柔」 (立身流變働之巻)

 立身流第22代宗家 加藤 紘
平成27年度立身流秋合宿資料
平成27年10月17日(土)-18日(日)
[平成27年8月25日掲載/平成27年11月23日改訂(禁転載)]

第一、立身流剣術表之形破の体系

一、形の名称と傳書の記載
立身流では一つ一つの形の名称が傳書に網羅されているわけではありません。
傳書では形についてその体系等の根元的意味合や応用の方向性が簡単に述べられているだけのものが多く、形の種類本数や順序名称、変化などは、基本的に実技の習得と口伝(くでん)によって伝承されます。
立身流剣術表之形(序破急)も同様です。

二、立身流に於る剣術表之形の位置
立身流の中核である刀術の、更にその中枢に位置します。
立身流での基本的な技、動き、身体の習得の為の課程であり、剣術表之形の習得なしに他の形には進みえず、進んでも正確な他の形の習得は不可能です。
剣術表之形の技術的な体得の方向や理合を理解せずに他の形、他の種目に入っても、ただ、身振りが似ているにすぎない外形を真似するだけで、技になっておらず、してはならない動きの数を重ねることになります。

三、表之形破の本数と名称は次のとおりです。
一本目 向(むこう) 二本目 圓(まるい) 三本目 前斜(まえじゃ) 四本目 張(はり) 五本目 巻落(まきおとし) 六本目 大(体)斜(たいしゃ) 七本目 提刀向(ていとう むこう) 八本目 提刀圓(ていとう まるい)
七本目と八本目は併せて提刀です。

四、表之形破での提刀
表之形での提刀とは、受方仕方双方とも納刀した状態から始まる剣術の形を意味します。
組居合とは異なります。立身流での組居合とは、2人以上の人数で他の人の呼吸を探り、主に多数人相手の技を練磨する稽古法を意味します。
また、刀を右手(あるいは左手)に提げた状態からの技を意味する場合の提刀と、語は同じですが内容は異なります。この意味での提刀の技は半棒の応用に近いものです(半棒とは反(そり)の利用等による相違がでます)。

五、最初と最後が向圓
(1)体系として向圓から始まり向圓で終わっています。
その間に三本目から六本目がはさまれ、くるまれた形容です。
(2)剣術表之形破の一、二本目と七、八本目との相違
①一本目と七本目は向です。
一本目は、受方の左上段からの面撃に対し、仕方は平正眼から向受で請流し受方の面を斬ります。
七本目は、受方の抜刀での正面撃に対し、仕方はこれも抜刀での向受で請流し、受方の面を斬ります。
②二本目と八本目は圓です。
二本目は相中段に構え、まず、受方でなく仕方からの右小手撃に対し、受方は左後方に左足から小さく一歩退きつつこれを抜き、右足から一歩蹈込んで仕方の面を撃ちます。仕方は右に体を捌くと同時に圓受で請流し、受方を(左)袈裟に斬落とします。
八本目は、仕方からの抜刀での小手撃に対し、受方は右足のみを小さく退くと共に擁刀してこれを抜き、右足を蹈出しつつ抜刀して仕方の面を撃ちます。仕方は右に体を捌くと同時に圓受で請流し、受方を(左)袈裟に斬落とします。

六、立身流剣術表破の向圓(仕方)と立身流居合の立合表破の向圓との相違
(1)
剣術一本目向の仕方と居合向との相違は、平正眼からうけるか抜刀して受けるかにあります。
剣術七本目提刀向の仕方の動きと、居合向の動きは同一です。

(2)
剣術二本目圓の仕方と居合圓との相違は、①中段か抜刀か、②初太刀につき、仕方が右足から一歩蹈出しつつ打つか、歩みの右足だけを蹈出しつつ斬るか、③二之太刀につき、受方の反撃を請流しつつ袈裟に斬るか、敵がのけぞったところを(その反撃のないまま)正面から斬り下げるか、④二の太刀につき、仕方が右足から右に体を捌(さば)きつつ斬るか、左足を蹈出しつつ斬るか、⑤斬撃箇所が左袈裟か、正面か、です。
剣術八本目提刀圓の仕方と居合圓との相違は、上記中の③から⑤です。
剣術と居合の大きな相違は敵の反撃があるかないかです。

七、三本目から五本目は、それぞれが技としては二本でひとつの形となっています。
仕方の激突が一旦決まり、間合がとられた瞬間に受方から更に攻撃されます。残心をとる前の段階での敵の攻撃に対処するわけです。残心はこの際の体勢、心持などの延長でなければいけません。
基本的な技の多様さを求める意味合もあります。

第二、立身流剣術表之形破の意義

一、立身流の技法全体及び立身流刀術の礎をなす形であることは前述しました。
即ち、立身流の視点からの武道全体の基本と極意が凝縮されています。
それは、他の形や武器との関係でもそうなのですが、重要なのは、形以前の身体や動作の習得が表之形でなされることです。全てに通ずる武道としての動き方の練磨ということです。武道としての修練で鍛えられた身体の体幹、丹田から発して指先にまで連動した武道としての動きによって、初めて技が生まれます(拙稿『 立身流に学ぶ ~礼法から術技へ~ (国際武道文化セミナー講義録) 』参照)。

二、向圓の重要性や、居合を含め全てが向圓の延長上にある様子も前述のとおりです。

三、刀術は微妙精密です。
向圓から派生した精密な技の習得が、前斜、張、巻落、大斜の四本に任されます。それらは全て、長年の練磨によってやっと獲得できる刀術の極意の技です。
それらは向圓から発するのですが、向圓に戻っていきます。刀を、ただ、抜き、振り、切り、あるいはわが身を囲う道具だと思っていたのでは刀術は身に付きません。
敵に攻撃され反撃され、それへの対処の中に勝を探ります。
それは一瞬の差、剣先の刃の厚みの差、鎬の僅かな角度の差などを使いこなせるかで決まります。
この微妙さを理解しようとせず、体得しようとしない人はいつまでも未熟なままです。

四、刀の構造性質の習熟
表之形の特質に、刀の形態構造性質に習熟するための形である面もあります。
刀を使っての精密な技、微妙な動き、そしてそれによって生死が分かれる感覚を理解するには、刀を理解し自分の身体の一部としなければいけません。
そこで初めて「刀の技」が生まれ、「我体自由自在」(立身流秘伝之書)になるのと同様に「心のままに太刀や振られん」(立身流理談之巻)の状況(以上、拙稿『 立身流に於る「・・・圓抜者則自之手本柔二他之打處強之理・・・」(立身流變働之巻) 』参照)に至るのです。

五、刀操作の技術の例
(1)剣先の厳しさ
剣先が常に厳しくなくてはいけません。剣先が効いてなければいけません。構えているときも、技をかけている最中も、打突の時も、防ぐときも、それらの後も、です。表之形破の八本は、剣先が常に生きてなければ使える技ではありません。刃先を意のままに操る精妙さが必要です。
前掲拙稿『立身流に於る「・・・圓抜者則自之手本柔二他之打處強之理・・・」(立身流變働之巻)』の「第九、道歌」、及び後記 参考4 を参照してください。

(2)
敵の刀などの武器との接触は、ほとんど我が刀の鎬でします。攻めるときも守るときもです。敵の武器をたたくときも請流すときもです。
鎬を使える刀の角度は微小です。その僅かな角度を使いこなさなければなりません。

(3)反(そり)
我が刀の力や速さを敵の刀に及ぼしてこれを制し、あるいは敵刀での攻撃の力や速さを殺(そ)いでこれを制するためには、刀の反を利用します。反りを利用しなければ掛けにくい技もあります。巻落の序之形の巻上などがそれです(敵の刀にも反りがあるのでなおさらです)。
前突、表突、裏突の違い(合車の陰にはその全てが含まれます)も反の利用の仕方によっての相違ともいえます(後記 参考1 参照)。

(4)両手の役割
特に刀術では右手と左手の役割分担が顕著です。
右手は、例えば剣先の精密な動きなどに働くことも多いのに対し、左手は刀の大まかな動きの方向を決め力や速度を増す働きに使われることが多いと言えます。これには両手のそれぞれ握る柄の位置の相違による影響もあります。
手之内にも右手と左手での相違が出てきます。

(5)柄を握る両手の距離
ですから、両手を接して柄を握りません。接して握っては、上記(4)の働きができません。一本目の向の請流しもできません。両手を接して柄を握っていたのでは立身流剣術はできません。
前記のとおり、刀は、ただ、抜き、振り、切り、あるいはわが身を囲う為だけの道具ではありません。刀は刃筋を立てて力強く速く振ればいいだけのものではありません。
「我体自由自在」(立身流秘伝之書)になるのと同じように刀を自由自在に操るためには、そして「心のままに太刀や振られん」(立身流理談之巻)という状況になるためには両手が離れてなければいけません。

(6)柄の握様
柄の握り様については、前掲拙稿の第十一、「立身流聞書」(第21代宗家加藤高筆)をご覧ください。
柄を握る手や指、特に右手の人差指のありようも「食指は軽く屈め」と当該箇所にある通りです。人差指は柄にからみつくように接します。
但し、初心者や手之内が崩れて固い人などに対しては、左右の人差指を柄にまとわりつかせないで真直ぐ伸ばすように指導することがあります。手之内を心得やすいからです。熟練者も確認や自らの錬度をあげる稽古として有効です。
立身流では親指でなく人差指を鍔にかけます。これは手之内を整えるのに効果的で、次の柄を握る手之内の予習をしているようなものです。そのまま刀を半棒代わりに使う技にも移行できます。

六、「手本柔」特に手之内の有り様
以上はすべて、立身流変働之巻に示される、身のこなれ、柔(しな)やかさ、手之内の現れです。前掲拙稿を参照してください。
向圓で要求される身のこなれ、手之内が、前斜、張、巻落、大斜での具体的な技の稽古のなかで更にみがかれていきます。
形はすべて、大きく、伸びやかに、柔(しな)やかに、なされなければいけませんが、その前提として、表之形の八本は、全て、身のこなれ、手之内ができてないと打てない形ばかりです。
その意味で、表之形は向圓で要求される手之内を検証する形といえます。
手之内ができてないのに使えば、失敗して敵に敗れ負ける技の稽古を通じて、手之内などを体得していくのです。

第三、立身流刀術稽古での用具につきまとめてみます。

立身流全体の用具についてはいずれ別稿でまとめます。

一、袋撓(竹刀)
袋撓については、拙稿『立身流に於る 桁打、旋打、廻打』を参照してください。
手之内の稽古との関係では、竹の弾(はじ)く力の吸収の工夫がされています。革でくるんだり、割竹と丸竹を使い分けます。
独特な鍔をつけます。鍔をつけない立身流の袋撓はありません。刀術、特に向や剣術表之形は、鍔がなくては打てません。

二、木刀
立身流に鍔のない木刀はないのは袋撓と同様です。木刀には必ず鍔をつけます。鍔のない木刀は危険で、形を打つことは不可能です。
後記 参考2 の道歌を参照してください。
鍔のない状態での修錬は、棒、半棒などでなされます。

三、振棒
いわゆる鍛錬棒ですが、立身流の振棒は、木刀をより太く長く重くしたような形状です。
振棒は旋打の左圓と右圓を併せ行う法を行うのが基本です。
鍔はありません。立身流外の人で立身流振棒を立身流木刀と誤解する人がいますが、鍔のない立身流木刀はありませんし、立身流振棒は鍛錬のための特殊な目的でつくられた特殊な用具であって木刀の代わりになるものではありません。

四、居合刀
居合の稽古用の真刀です。現在、初心者には危険防止上いわゆる模擬刀の使用を許していますが、本来なら居合刀で稽古するところです。

第四、立身流剣術表之形破の内容

一、立身流剣術表之形一本目向、二本目圓、七本目提刀向、八本目提刀圓の動きについては既に記したとおりです。
向受と圓受の鎬活用法については拙稿『立身流に於る 形・向・圓・傳技・一心圓光剣・目録「外」(いわゆる「とのもの」)の意味』記載のとおり、「向受は右鎬で剣先側より鍔元方向へ敵刀をすべらし、圓受(剣術)は左鎬で鍔元側より剣先方向へ敵刀をすべらす。」ようにします。

二、三本目「前斜」、四本目「張」、五本目「巻落」、六本目「大斜」については
拙著「立身流之形 第一巻」を参照してください。以下はそこでの記載に付加されるものです。

三、立身流剣術表之形破三本目「前斜」(まえじゃ)
受方の左上段からの面撃に対し、仕方は平正眼から一歩退きつつ左鎬で摺(すり)上げ、一歩出つつ面を斬ります。更に、受方の中段からの右横面撃に対し仕方は中段から左斜め後方へ退きつつ右鎬で応じて弾(はじ)き返し一歩出つつ面を斬ります。

(1)左摺上
①内容
我が刀の切っ先を、自由自在に柔(しな)やかに弾力性を持って操作し、双方の刀の刃の厚さの微妙さを制し、撃ち来る敵の動きの起りをとらえ、その鍔元に我が剣先を利かして接しつけ、敵刀を我刀の表(刀の表は左側)に誘導し、我が刀の剣先近くの鎬で敵刀の鍔元寄りを抑え上げるように絡(から)め捕り、斬り下げる敵剣先が我鍔元寄りに来るように我刀の鎬で敵刀を滑らせながら我が刀を振り上げて摺上げます。
敵刀はその勢いのまま、その刃が我刀の左鎬を削るようになり、その剣先は我体や刀から外れて下に落ちます。
始まりは敵刀の鍔元寄りの刃の左側に我刀の剣先近くの左鎬が接触し、終りは敵刀の剣先近くの刃の左側が我が刀の鍔元寄りの左鎬から離れます。最初から我刀の鍔元寄りに敵刀が接してしまってはこの技をかけることは困難です。
我刀の剣先近く物打付近から鍔元寄りまでのほとんど全ての左鎬が、敵刀の鍔元寄りから剣先近くのほとんど全て(の刃)に接触します。
摺り「上がる」のは我刀であり、敵刀は撃ち込んだ勢いでそのまま落ちます。
この技は精妙な感覚を理解しなければできない技です。
後記 参考3 に挙げた「剣法至極詳伝」の記述を参照してください。
武道では余計で派手な動きはいけません(後記 参考4 参照)。
立身流の「匂いの先」を感得し、体幹から発する手之内を会得してなければできない技です(「匂いの先」については立身流剣術五合之形三之太刀参照)。

②摺上、張、巻落の異同
摺上は後述の張、巻落の基礎ともなる技です。摺技の基本ともいえます。
「摺る」というのは、我刀のほぼ全てを使って敵刀のほぼ全てを摺ることを意味します。
刀では刀同士の擦れ合う音が聞こえます。
摺上での摺り始めは、敵刀の鍔元寄りの刃の左側への我刀の剣先近くの左鎬の接触です。摺り終りは敵刀の剣先近くの刃の左側が我が刀の鍔元寄りの左鎬から離れます。
これに対し、張と巻落での技の摺り始めは、敵刀の剣先寄りに我刀の鍔元に左鎬が接触している所から始まります。摺り終りでは敵刀の鍔元近くが我が刀の剣先近くの位置から離れます。
張と巻落との技の相違は一直線か巻かで、その結果、摺り終りに違いがでます。
張の摺り終りが我刀の左鎬と敵刀の左鎬(ないし峯の左側)との接触なのに対し、巻落破の摺り終りは我刀の右鎬と敵刀の右鎬です。巻落の序での摺り終りは我刀の峯と敵刀の刃になります。
後述のとおり、張と巻落には共通する要素が多々あります。

(2)右応じ
①内容
我刀身の中程あるいは鍔元寄りの右鎬で応じて敵の刀を弾き返します。
我体幹から発する右手首の動きと手之内が肝要です。
我刀と敵刀はそれぞれの一点で触れ合うだけで、擦れ合いません。
刀では刀同士で一瞬弾かれる音がします。

②稽古方法
木刀(袋撓)の剣先を他の人に持ってもらって動かせないようにしたうえで、我鍔元寄りの鎬で受方の木刀の物打を右上に弾(はじ)く稽古が有効です。

四、立身流剣術表之形破四本目「張」(はり)
小走りで八相から中段に変化した受方が余勢で仕方の水月を突くのに対し、仕方も小走で脇構から下段(刀は水平)に変化したうえ一歩退きつつ(間合により、その場か退がるか、どちらでも良い。拙著「立身流之形 第一巻」参照)小さく摺上げる如くして受け、直ちに左下へ張り落として一歩出つつ水月を突き返す。更に、受方の中段からの我右小手撃を仕方は中段から左斜め後方へ少々退きつつ右鎬で小さく応じて弾き返し一歩出つつ敵右小手を斬ります。

(1)張落
①内容
敵の突を我剣先の効きで我左鎬に誘導し、我鍔元付近まで呼び寄せかつ敵の剣先を我体から外し、我鍔元付近の左鎬で敵刀の剣先寄り乃至物打(の刃)を抑え上げるように絡(から)め捕り、我両手を左にかえしつつ我刀の反を利用して敵刀を敵の右足元へ一直線に張り落します。
我刀の剣先は敵の体の右脇前近くを一直線に落ちて行き、最後は敵刀の鍔元近くで敵刀と離れます。
我刀の左鎬のほとんど全てを使って敵刀の剣先寄りから鍔元までを一直線に摺り落とすのです。
張る動作の始まりでは敵刀の剣先寄りの刃の左側に我刀の鍔元近くの左鎬が接触しており、終りは敵刀の鍔元寄りの峯(みね)の左側が我が刀の剣先近くの左鎬から離れます。最初に我刀の鍔元近くに敵刀の剣先寄りが接していなければこの技をかけることは困難です。この点、摺上とは逆になります。
我刀の剣先は敵刀の鍔元にくいこみ、敵の右手に逆が効き、敵刀は敵の手を離れてその右下に落ちたりします。
我刀が敵刀に接している間の敵刀の落下速度の加速が肝要です。
最後に、反りをも利用した我剣先のわずかな動きで敵の鍔元寄りを動かし敵刀の落下速度を最高にします。
我剣先が終始厳しく効いてないと張る力が抜け、威力が出ません。
摺らないで我刀と敵刀が一点で接触するだけではできない技です。

②張落と摺落
後記参考3をご覧ください。
そこに述べられている「摺落し」は、正に立身流の「張」そのものです。
「剣法至極詳伝」での「摺落し」の語は「張」と言い換えることができます。
「摺落す」のは我刀であり、「摺落される」のは敵刀です。
ただ、立身流の張は敵の突に対するものだけでなく、敵の上段からの撃にも対処します。立身流剣術表之形序での張がそれです。

(2)応じ小手
前斜での右応じとほぼ同じですが、より小さく、より精妙な動きになります。
受方の振りかぶり自体小さく、仕方の小手が受方の振り上げた自分の両手の下から視認できる程度ですが、仕方の応じもこれに対応して弾きはできるかぎりに小さくしかも有効になされ、斬るための振りかぶりは右上に弾く動作と連動してほとんどなくなります。体幹から発する手首と手之内の僅な動作で敵の右小手を斬ります。

五、立身流剣術表之形破五本目「巻落」(まきおとし)
受方の左上段からの面撃に対し、仕方は平正眼から一歩退きつつ左鎬で摺上(すりあげ)る如くして受け直ちに左、下、右と巻落し、一歩出つつ水月を 突く。
受方は右足から大きく一歩退いて肩上段に、仕方は受方の動きに合わせて右足から、これも大きく一歩退いて脇構にとる。
受方の右足、左足、右足と踏み込んでの正面撃に対し、仕方は左足、右足、左足と踏み込みつつほぼ水平に逆胴を斬り左膝を立てて折敷きます。

(1)巻落
敵の正面撃の刀を、我剣先を利かして我左鎬に誘導し摺り上げる如くして我鍔元近くまで敵刀を呼び寄せ、わが鍔元近くの左鎬で敵刀の剣先寄り乃至物打(の刃)を抑え上げるように絡(から)め捕り、我両手を左にかえしつつ、まず敵刀の剣先寄りを僅かに左に動かし、加速しながらほぼ真下へ、最後は我剣先近くの右鎬で敵刀の鍔元を右に払って巻落し、下段(立身流の下段は水平)ないし少々低い位置にある剣先で水月を突きます。
我刀の反をも利用して敵刀を敵の左足元へ巻落します。
我刀の剣先は敵の体の右脇前近くをその体形に沿って落ちて行き、最後は敵刀の鍔元で我刀の右鎬と敵刀の右鎬とが離れます。
始めは我刀の左鎬を使って敵刀の剣先寄りから巻落し始め、最後は我刀の剣先近くで敵刀の鍔元を右に払うことになります。
巻落す動作の最初に我刀の鍔元近くが敵刀の剣先寄りに接していなければこの技をかけることは困難です。
我刀の剣先は敵刀の鍔元にくいこみ、敵の左手に逆が効き、敵刀は敵の手を離れてその左下に落ちたりします。序之形では巻き上げられますから敵刀は敵の左上方へ飛ばされます。
我刀が敵刀に接している間の敵刀が巻かれて落下する速度の加速が肝要です。
最後に、我剣先のわずかな動きで敵の鍔元寄りを動かし敵刀の巻かれる速度を最高にします。
竜巻を思い浮かべてください。周辺の渦(うず)は中心に近づくにつれ速度を増し、物は吸い込まれて空中に飛ばされます。同じような威力が巻落に求められます。
摺らないで我刀と敵刀が一点で接触するだけではできない技です。
そして、我剣先が終始厳しくきいてないと巻く力が抜け、威力が出ません。

(2)逆胴
立身流の胴撃は逆胴が基本といえます。刃筋の通りを考慮するといわれます。半棒に敵の右胴を斬る形がありますが、これは逆袈裟斬りともいえるものです。
後に述べる体斜の二太刀目に仕方が折敷いて受方の右胴を斬る変化がありますが、これも胴への袈裟斬りといえます。

六、大(体)(たいしゃ)
受方の右上段からの面撃に対し、仕方は平正眼から身を左後方へ退きながら右鎬で摺上げ一歩出て面を斬る。更に、受方の中段からの右膝撃(折敷いてもよい)に対し、仕方は中段から刃を後向に剣先を下に柄を上にして右鎬で受け、同時に左足を左方に開き右足を左足の右後方へ引きながら(折敷いて胴へでもよい)面を斬る。

(1)右摺上
前斜の左摺上の左が右になったのとほぼ同一です。
双方の刀の刃の厚さの微妙さを制して我刀の右鎬で技をかけます。

(2)大斜受
右之圓の請流しの応用です。

第五、立身流剣術表之形破の要素

一、立身流剣術表之形破の体系をあらためてみてみます。
全体が向圓にくるまれている状況については初めにのべました。
立身流全体を見ても、向圓に始まり、かつ、終わります。
立身流極意之巻では、向は月之太刀として、圓は日之太刀として、前斜は星之太刀として回帰します。

(1)立身流表之形破の摺技をまとめると次のとおりです。ここでいう摺技とは、仕方(我)が積極的に仕掛けている摺技のことです。

三本目 前斜の左摺上面
四本目 張の張落突
五本目 巻落の巻落突
六本目 体斜の右摺上面

(2)これをみると、まず基本(秘伝ともいえます。後記 参考3 参照)としての左摺上、これを習得した上で張、更に巻落、そして基本である摺上に戻ります。戻った摺上は右摺上に変化しています。
これに応じ技二本と逆胴、大斜受が加っていて、その全てが向圓にくるまれているわけです。

二、敵の攻撃や反撃を考慮する刀術
(1)起り
以上、いずれの技も敵の動きの起こりを察知できなければいけません。
その上で、我はすぐ行動に出るか(圓、前斜および体斜の摺上)、敵刀を呼寄せたうえで技をかけるか(向、張、巻落)、敵の動きに合わせて同時に動くか(前斜および張の応じ技、巻落の逆胴、大斜受)です。

(2)剣先の厳しい効き
いずれの技も剣先の厳しさが重要です。これがないと技がかからないだけでなく、我からの攻撃に結びつきません。
また、剣先が締っておらず浮いていては効きが甘くなります。

(3)敵の刀を操るには鎬を使います。
それは必然的に反(そり)をも利用することになります。

(4)技とは
張や巻落を含む摺り技や応じ技あるいは、萎(なやし。萎技は鎗術や長刀で多く用いられます)等の技は、我が刀で、敵の刀を、ただ単にどかしたりたたいたりしているわけではありません。敵の刀の一点を我刀の一点で押して移動させているのではありません。
そして、ただ刀で我身を囲っているだけでもないのです。あるいは我刀のどこででもいいから、敵刀のどこでもいいから受けているだけではないのです。
未熟練者が立身流表之形の技を使うとどの技も皆全く同じ動作になってしまって差異がなくなってしまいます。大げさな身ぶりが違うだけで技になっていません。

「藝術ヲ習極」(ならいきわ)(立身流秘傳之書)める気持が必要です。
そして「極める」には、これらの技を可能にする「手之本柔」な武道の身体と動きにまで行きつくことが重要で、それこそが真の技だといえます。
どの段階の人にも目標とすべきものは必ずあります。常に自らの目標を捜し目指すべきです。慢心して偉くなってしまってはいけません(『立身流入堂訓』参照)。

(5)技は力まかせにするものではありません。
力まかせにしなければかからない技には無理があります。
張も巻落もその動きは自然の流れに従うもので力まかせの場面はありません。
私は張と巻落につき「最初に我刀の鍔元近くが敵刀の剣先寄りに接していなければこの技をかけることは困難です」と前記しました。
しかし困難ではあっても不可能ではなく、実戦でそうしなければならないときもあるでしょう。
ただ、技のかけ始めが我刀の剣先寄りと敵刀の鍔元よりの接触からですと、初めに力をかけないと敵の刀が動きません。
前記拙稿『立身流に於る「・・・圓抜者則自之手本柔二他之打處強之理・・・」(立身流變働之巻)』に「身体がこなれないうちは、力の要る技(場合により、張、巻落など)の稽古をしてはならない、ということにもなります。」と記したのはこのことです。

(6)立身流修業上の注意
立身流の想定する敵、すなわち受方は名人です。素人ではありません。我(仕方)は素人をやり込める為の稽古をしているわけではありません。ただ手馴れるだけのような稽古をしてはいけません。名人を目指す稽古をしなければなりません。
また、仕方は敵が名人であるとして稽古しなければなりません。思いつきや思い込み、知識やフェイントで勝てる相手ではないのです。いろいろ工夫はしなければいけませんが、即効性がなく時間がかかっても常に基本を求め、基本にのっとる姿勢が必要です。
受方は自分が名人ならどうするか、との想定で動かなければなりません。

第六、立身流剣術表之形破と他の形との関係

一、立身流五合之形(詰合をふくむ)については別稿に記します。
五合之形二之太刀は、摺技としては前斜よりも張、巻落に似ます。
しかし表之形の摺技のように敵刀を制したうえで攻撃するのでなく、摺技と攻撃が一体となっています。
いくつかの他流にもみられる技です。
五合之形は五之太刀まであるのですが、その体系としては、敵に遅れて攻撃するか、敵と同時に攻撃するか、敵に先んじて攻撃するか、が重要です。
二之太刀は敵と同時に攻撃する技です。そして相八相からの技に続き、相中段からの技となります。

二、警視流木太刀之形での摺技と立身流表之形破との関係
これについても別稿に記します。
警視流木太刀之形で摺技と思われる技を含むものは次の5本です。巻落は本稿で説明した立身流の巻落です。

第一 八相
第二 變化
第四 巻落
第五 下段の突
第十 位詰


【参考】

1、木下壽徳著「剣法至極詳伝 全」(大正2年6月25日発行) 96ページより引用

「諸手にて突くべき場合起りなば
   手元うかべて突下すべし」

2、「鍔はただ 拳の舘と心得て 太くなきこそ 僻事と知れ」[立身流理談之巻]

ただ=ひたすら
舘(たて、たち)=やかた、

太し=しっかりして動じない

僻事(ひがごと)=道理にはずれている、正しくないこと

3、前記「剣法至極詳伝 全」122ページ以下より引用

「三七 摺上げ摺下し
すり上げて面を打つのは至極なり
   すり落しからつきも亦妙
摺上げ摺落しは・・・起りに依つて為さずんば巧みに成就し難かるべく若し技に現れたる後に之を為すは既に遅し摺上げ摺落しは斯くの如く六ヶ敷き技なるが故に一刀流にては免許の許に加へあり即ち免許の技倆なくんば為し能はざるものと推定せざるを得ずすり上げとは敵面を打って來るを受けながら敵の太刀を殺し我が太刀を生かして打つを謂ひ又すり落しとは敵の突き來る太刀を殺し我が太刀を生かして突くを謂ふ起りを知ることを得ずんば此拍子を會得すること難ければ・・・」

4、前記「剣法至極詳伝 全」88ページ以下より引用

「受けとむる太刀を我身に引きつけず
   構へたるまゝうけならふべし」
・・・敵の打ち込む太刀は構へたるまゝにて微かに動かせば受け止め得べきものなるを大きく受け止むるは心の迷ふが為めなり・・・」

以上